「批判的であることの価値」について 続き

反抗が社会を開発する

2023年11月14日の記事で、現在執筆中の「クリティカル・ビジネス・パラダイム」から一部を抜粋する形で「批判的であることの価値」について、考察しました。

あらためて趣旨を述べれば、「批判的であること」「反抗的であること」は社会にとってとても重要なことだという、まあ端折ればそういう話なのですが、これを別の角度から検証してみよう、というのが当記事の趣旨です。 

国ごとで「反抗的な度合い」は異なる

もし、反抗が社会の開発にとって欠くべからざるものであるのであれば、その社会における「クリティカルさの度合い」と社会の有り様には何らかの関係があると考えられます。この問題を考えるにあたって、それぞれの社会における「権威を受け入れる傾向の度合い=権力格差指標」について考えてみましょう。

オランダの心理学者、ヘールト・ホフステードは、IBMからの委託に基づいて「目上の年長者に反論しにくい度合い」を調査し、これを数値化して権力格差指標=PDI(Power Distance Index)と定義しました。

ホフステードによれば、権力格差は「それぞれの社会において、権威を持たない立場にある人々が、既存の権威を受け入れ、それに従おうとする程度」と定義されます。権力格差の小さい国では、人々のあいだの不平等は最小限度に抑えられる傾向にあり、権限分散の傾向が強く、部下は上司が意思決定を行なう前に相談されることを期待し、特権やステータスシンボルといったものは社会に受け入れられません。

一方、権力格差の大きい国では、人々のあいだに社会的不平等があることはむしろ望ましいと考えられており、権力弱者が支配者に依存する傾向が強く、組織や社会では中央集権化が進み、部下は上司に対して反論したり意見したりすることに気後れし、特権やステータスシンボルが身分や経済力を示すシンボルとして社会で機能します。

つまり、本節のコンテキストに合わせて言い換えれば、権力格差というのは「その社会がどれくらい権威に対して反抗的であるか」を指し示す指標なのです。

主要国の権力格差

主要国の権力格差指標を確認してみましょう。日本の数値は54で平均より少し上、同じアジアの韓国、台湾、中国よりも低く、アジアの中では権力格差が比較的小さい国と言えます。一方で権力格差の小さい国々は、デンマークやスウェーデンといった北欧諸国、スイス、ドイツ、オランダといった西ヨーロッパ諸国、そしてカナダ、アメリカといった国々が並びます。

国別の宗教とビジネスの関係

このグラフを見て、ある興味深い傾向があることに気づいた人もいるでしょう。そうです、権力格差の高低は、おおむね「その国で主流となっている宗教」によってグルーピングできる傾向があるのです。

例えばアジアを中心とした儒教国は全般に権力格差が高めであり、ローマ・カトリックの国々も同等の権力格差となっています。一方で、世界で最も権力格差の小さい国々を眺めてみると、これらの国々がことごとくプロテスタント諸国であることに気づかされます。

この傾向は各国が強みとするビジネスの類型にも関わっています。たとえばトップクラスのラグジュアリーブランドの多くはフランスやイタリアといったカトリック国に発祥していますが、これはホフステードが指摘する「権力格差の高い国」に見られる傾向、すなわち「特権やステータスシンボルが身分や経済力を示すシンボルとして社会で機能する」という点とよく符合します。

逆に、ロックミュージックなど、若者を対象にした文化産業やコンピューター産業など、自由でフラットであることに大きな価値観をおく産業で存在感を放つ国の多くがプロテスタント諸国であることにも気がつくでしょう。

そもそもプロテスタントの語源となった「プロテスト」は、本来「反抗する」という意味です。では、誰に「反抗する」のか?当時、世界で最も大きな権威を持っていたローマ・カトリック教会の首長であるローマ教皇です。この運動の口火を切ったのはドイツの神学者、マルティン・ルターですが、彼のしたためた、いわゆる「95箇条の質問」は、それ自体がローマ教皇に向けての、言うなれば「シャウト」だったわけで、あらためてすごいことをやったものだと思います。

国民性というものが宗教だけによって決まるとは考えられませんが、プロテスタントの影響の強い国々では全般に権力格差が小さい、つまり「権威に対して反抗的である人が多い」のは、プロテスタントの出自とその後に歩んできた歴史を踏まえれば腑に落ちます。 

反抗は社会開発のエンジン

そして、さらに興味深いのは、この権力格差のスコアと、国別の国際競争力ランキングには一定の相関が見られるということです。

権力格差と国際競争力ランキングの関係

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