#066 剽窃について

剽窃。

日常生活においてあまり使うことのない言葉ですが、ブリタニカ国際大百科事典であらためて語義を確認すれば「他人の著作から、部分的に文章、語句、筋、思想などを盗み、自作の中に自分のものとして用いること。他人の作品をそっくりそのまま自分のものと偽る盗用とは異なる」と説明されています。

説明文に現に「思想などを盗み」という表現がされているにも関わらず「盗用とは異なる」とわざわざ断っているこの説明がなかなか微妙だよなあと思うわけですが、ここには芸術における「オリジナリティ」に関する難しい問題が横たわっています。

芸術において「オリジナリティ」が高く評価されることは言うまでもありませんが、では「オリジナリティ」とはなんなのか?これを厳密に定義しようとすると非常に難しい。多くの哲学者や美学者がかつて、言葉をこねくり回して「オリジナリティ」の定義と格闘しましたが、その営みのほとんどは無残な失敗に終わっています。

近年では東京オリンピックのマークデザインに関して「オリジナルか?コピーか?」という議論に纏わって、この問題が再浮上して虚しい議論が繰り広げられましたが、こんな問題に決着など着くはずがありません。結局のところ、オリジナリティというのは、それを見た人が「オリジナルだ」と感じるかどうか、つまりコンテキストにかかっている、ということになります。

このように考えてみると、先ほどの「剽窃」と「盗作」の違いの本質が浮き上がってきます。つまり両者を分かつのもまた、鑑賞者がどのように感じるかによって決まってしまうという事です。

この点について最も鋭い理解を示し、それを実際の作品に反映していったのが20世紀・・・いや美術史市場最大の巨人の一人といっていいピカソでした。ピカソというと、極端にデフォルメされた作風のイメージが強く、また自身のキャリアの中で画風を何度も変えていったこともあり、まさに「オリジナル」を体現した作家だと思われているふしがあるようですが、それは誤りです。

実際のところは、ピカソほど、そのキャリアにおいて常に「剽窃」の嫌疑がつきまとった画家はいません。美術史に詳しい人であれば、ほとんどの作品についてネタ元の想定ができるほどに、その作品は「他者のパクリ」で溢れています。しかし、そのようなピカソに多くの人は高い評価を与え、オリジナリティを感じ取ります。

一方で「剽窃された側」の画家に目を転じてみれば、ピカソほどには評価されていないケースが少なくありません。つまりピカソの場合は、剽窃することで作品や自身の評価を下げるのではなく、むしろ逆に、剽窃することで模倣の対象となったアーティストからパワーまで吸い取り、自分のエネルギーにして巨大化していったようなところがあります。

この点について、ピカソがどのように感じていたかを端的に示す言葉が残っています。剽窃の疑いを記者から問われたピカソは次のように答えています。曰く「凡庸なアーティストは模倣する。偉大なアーティストは盗む」と。

全く詰問に対しての答えになっていないところがスゴイところです。少し横道に逸れますが、日本人はマジメに質問に対して答えすぎる傾向があります。名言は往々にして厳しい質問に対する「返し刀」として発せられることが多いので、個人的にはあまり質問を真に受けるのはどうかと思っています。

さて、話を元に戻せば、言うまでもなく「模倣する側」と「模倣される側」では、圧倒的に後者の方が高く評価され、前者は非難されます。したがってピカソの言を借りれば「凡庸なアーティスト」は模倣ゆえに非難されることになります。

一方で「奪う側」と「奪われる側」ではどうかというと、前者が全てを得る一方で、後者にはなにも残りません。これはなかなかイメージが難しいポイントかもしれませんが、ビジネスの世界で起きていることを考えてみればすぐにわかります。

ビジネスの世界における剽窃の達人といえばスティーブ・ジョブズです。よく知られている通り、初代マッキントッシュが初めて採用したグラフィカルなインターフェースやマウスなどの革新的な特長は、スティーブ・ジョブズが強引に依頼して実現したゼロックスの研究所で見学した技術がネタ元になっています。ジョブズはまさに「模倣」したわけですが、しかし今日、これらの技術をゼロックスと結びつけて考える人はいません。

これらの技術を世界に紹介したのはアップルとスティーブ・ジョブズだということに、事実上なってしまっています。これが「模倣する」と「奪う」の違いです。極論してしまえば、全ての「オリジナルなもの」には、全て強奪の要素が含まれています。つまり「奪う」ということを遠慮する、あるいは忌避することをしていれば、結局は「オリジナリティ」という評価も得られない、ということになります。

さて、では「剽窃の達人」になるためにはなにが必要なのでしょうか。三つのAがポイントになります。

ここから先は

884字
この記事のみ ¥ 300

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?