#074 「スジの悪い仕事」の断捨離 1/3

前回の記事で「時間のポートフォリオ」について書いたら、自分でも驚くほどの大きな反響をいただきまして。今回は、その実践編として、まずは「スジの悪い仕事の断捨離」について書きたいと思います。かなり長い記事になってしまったので全三回に分けて、今回はその初回です。

仕事には「スジの良い仕事」と「スジの悪い仕事」がある

一般的に「目の前の仕事に一生懸命に打ち込む」というのは、良いことだと考えられていますが、これは非常に危険な考え方だと思うのですね。世の中には、一生懸命に取り組むことによってどんどん自分と他者の人生を豊かにしてくれる「スジの良い仕事」と、どんなに一生懸命に取り組んでも、自分の豊かさにつながらない「スジの悪い仕事」があります。

では「スジの良い仕事」とは、どんな仕事なのでしょうか?

見極めの着眼点は三つだけ、それは「やりがいを感じるか?」「成長につながるか?」「評価につながるか?」です。しかし、なぜ、その三つ「だけ」が大事なのか?

キャリアというゲームの基本ルールに関わる話です。まずはそこから。

キャリアゲームを始める時のプレイヤーの持ち札は時間資本しかありません。資本というのは「お金を産む元手」という意味です。例えば「金融資本=お金を産む元手となるお金」や「人的資本=お金を産む元手となる知識・スキル・経験」や「社会関係資本=お金を産む元手となる人間関係・信用・評判」があるわけですが、これらの資本はキャリアをスタートする時点では誰も持っていません。持っているのは唯一「時間資本」だけです。

そして、キャリアというのは、この時間資本をいかにして人的資本に転換し、それをさらに社会資本に転換し、最終的に金融資本に繋げていくかという超長期にわたるゲームと考えることができます。このように考えていくと、なぜ先ほどの三点が重要なのかがわかります。

一つ目の見極めポイント「その仕事は成長につながるのか?」

「やりがいを感じるか?」と「成長につながるか?」という二つの点は、すなわち「その仕事は自分の人的資本を厚くするか?」という点に関わってきます。

「成長につながるか?」という点についてはわかりやすいと思いますが、もしかしたら「やりがいが感じられる」という点については、少し人的資本とのつながりがわかりにくいかも知れません。しかし、この点も「人的資本の増加」という観点からは重要です。

人は、どのような時に、ある仕事に対してやりがいを感じるのか?大きく二つのポイントがあります。一つには、その仕事が何らかの意義を有していること。そしてもう一つは、自分の実力に照らして挑戦しがいがあることです。

意義を感じない仕事、あるいはあまりにもラクにできてしまう仕事に人はやりがいを感じません。人は適度に難易度の高い仕事に夢中で取り組むことではじめて成長できます。だからこそ、人的資本を増加したければ「やりがいを感じる仕事」に携わることが重要なのです。

サラリと書いていますが、これはなかなかシンドイことを言ってるのがわかりますか?というのも、この指摘はつまり「ラクにこなせる仕事ばかりやってるのは非常に危険だ」ということでもあるからです。多くの人は、現在の自分の実力で十分に対応可能な仕事、あるいはもっと直裁に言えば「ラクにこなせる仕事」をやりたがる傾向がありますが、そんなことを続けていたら人的資本は成長しません。

ラクな仕事ばかりを選んでいるくせに「チャンスが来ない」と飲み屋でグチっている人がいますね。しかし、それは当たり前だろうと思うわけです。チャンスというのは事後的に把握されるものであって、前面に「チャンスですよ」と書かれてやってくるわけではありません。むしろ前面には「難しくてメンドくさい仕事」と書かれていることが多いわけですが、その仕事に必死で取り組んで格闘したあとで振り返ってみると、背中に「チャンス」と書かれていた、ということです。「この仕事はキツそうだな」と思える仕事をあえて選んでいくことがポイントになります。

二つ目の見極めポイント「その仕事は評価につながるのか?」

次に「評価につながるか?」という点について説明しておきます。ここでいう「評価」は別に人事評価のことではありません。これはこれで切実な問題ではありますが、短期の人事評価などというものは上司との相性や関わっている業界の趨勢など・・・つまり「時の運・不運」によって大きく左右されるわけで戦略的にコントロールしようなどと思わない方がいい。短期的に理不尽だなと思うことはあっても中長期でみれば落ち着くべきところに落ち着きます。

では、ここでいう「評価につながるか?」という問いは「誰の評価」なのか?端的に言えば「パワーを持っている人の評価」ということになります。組織内あるいは社会において影響力や発言力やネットワークを持っている人からの評価や信頼、つまり社会関係資本を得るような機会にその仕事がなるかどうか?ということです。

経営戦略論的にこの点を考察してみると「すべての仕事に及第点をとっています」というのは、それはそれで立派だとは思いますが、戦略的には筋が悪いと言わざるを得ません。それぞれの仕事には、それぞれの仕事ごとに、その仕事がもたらしてくれる人的資本や社会関係資本があるわけで、であれば、大きな果実をもたらしてくれると考えられる仕事の方に、より傾斜的に自分の時間や労力を傾斜させた方がリターンは大きいということになります。

少しわかりにくいかも知れないので実例を挙げて説明します。坂本龍一さんのキャリアです。皆さんもよくご存知の通り、坂本龍一さんが世に出るきっかけとなったのは細野晴臣さん、高橋幸宏さんと結成したテクノバンド、YMOでした。このバンドが世界的な評価を獲得したことで、坂本さんのところには様々な作曲依頼が舞い込むことになりますが、坂本さんはそれらの依頼の多くを断っていますが、そんな折、大島渚監督から「戦場のメリークリスマス」についての依頼は引き受けている。なぜ、引き受けたのか?

決定的だったのは、この映画にデヴィッド・ボウイが出演するという点でした。デヴィッド・ボウイが出演する映画であれば、世界中の音楽・映画関係者が観るだろう、その映画の音楽を作曲すれば、自分の実力を世界中の音楽・映画関係者にアピールする最高の機会になる、と考えたそうなんですね。果たせるかな、この映画の音楽は世界的に高い評価を獲得し、これが次の映画音楽の仕事、つまりベルナルト・ベルトルッチの「ラストエンペラー」の映画音楽へとつながっていくことになったわけです。抜粋を引きます。

だって、デヴィッド・ボウイの出る映画だから、成功しないにしても、とにかく世界中のデヴィッド・ボウイ・ファンと、世界中の音楽業界の人は必ず見るでしょう。映画的にどうのこうのじゃなくて、絶対、商売的に音楽やんなきゃと思ってさ。別に俳優として評価されたいなんていう気は全然なかったんだから。今でもないけど。映画ってパブリシティとしてはものすごいメディアでしょう。「戦メリのあの音楽は素晴らしい」って、どんな国に行っても言われたしね。だから、結果としてはバッチリだったわけ。

坂本龍一「Seldom Illegal 時には違法」1989, p165より

僕はいろんなところで「経営学の知見は自分の戦略を作る上でも役にたつ」ということを言っていますが、上記の坂本さんのコメントは、坂本龍一さんの世界的成功に彼のマーケティングセンスもまた大きく寄与したのだということを感じさせます。

さて、ということでここまでのメッセージをまとめれば次の二つになります。

  1. 仕事には「スジの良い仕事」と「スジの悪い仕事」がある

  2. 見極めのポイントは「成長につながるか」と「評価につながるか」の二点

つまり、これら二つのうち、少なくともどちらかには該当するということであれば、その仕事は「スジが良い」ということになります。二つとも満たせていれば申し分ないでしょう。一方で、このどちらかにも該当しないということであれば、これは「スジの悪い仕事」ということになります。

組織に所属している以上、「スジの良い仕事」だけに携わって、「スジの悪い仕事」はすべて逃げる、というわけにもいかないわけですが、まずは自分の仕事ポートフォリオを意識して両者を判別し、自分の時間・精神・労力のエネルギーをできるだけ前者に傾斜させ、後者については必要最低限のエコモードで対処する、できれば逃げるということが必要になるかと思います。

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