健やかなる時も① 117
僕の問いかけに。
山本の瞳が、一瞬だけ揺らいだ気がした。
でも。
コンマ5秒後、彼はきっぱりと首を横に振る。
視線をやや落とし加減にして。
「いいえ。何もありません」
「そうか?」
「ええ」
「それなら、謝らなきゃな。妙な勘繰りをしたりして」
「いえ、とんでもない」
「有賀は、君と一番気が合うとよく言ってたし。君達は凄く仲が良かったから」
「それはそうですが。一尉ほどでは…」
「え?」
「以前にもお話したかもしれませんが。わたしは、あなたと三佐との関係がとても好きでした」
「……」
「だからずっと、憧れていたんです。あなたのようになりたいと…」
「……」
「最初から無理な話ですけど。あなたとわたしとでは、天と地ほどの差がありますから」
「でも、わたしと一緒にいたのはそれほど長くはなかっただろう?君はずっと有賀と一緒にいたのだから」
「ええ。三佐からはいつも、あなたのことを聞かされていました。医大時代のことや、空軍時代のことを」
「……」
「でも、思い知らされたんです。あなたと三佐の絆や信頼の強さに比べたら、わたしなんか…」
「そんなことはないさ。国内でも充分やれただろうに。志願して、こんなおっかないところまで来てくれて」
「それは ──── 一尉がここにいらしたからですよ」
「そうなのか?」
「ええ。ご存知なかったんですか?」
「参ったな」僕は、頭を掻いた。「知っての通り、相当鈍いもんでね」
「自衛隊病院での実習中からずっと、良くして下さって」
「他の連中が意地悪だっただけだろう?特別な計らいなんかしてないよ」
僕が笑うと、山本も微笑んでみせた。
机の上のボールペンを弄びながら。
「 ──── でも」
「うん」
「1つだけ、後悔していることがあります」
「どんな?」
「一尉とは、こうしていろんなことを話せますが。三佐とは、そうはいかなくて…」
「……」
「結局 ──── 何も伝えられなかったので」
「あいつは、判っていたと思うけどね。具体的に話さなかったとしても。わたしと違って鋭い奴だから」
「そうでしょうか」
「そうだと思うな」
僕が再びマグカップに口をつけると。
山本は、じっと見詰めてくる。
その眼差しに、少しだけ居心地の悪さを感じながらも。
素知らぬ振りをして、問い返す。
「 ──── どうした?」
「147とは、お会いになられましたか?」
「ああ。さっき部屋に来て。叩き起こされたよ」
「……」
「それがどうかしたのか?」
「おせっかいだったらすみません。失礼を承知で言わせて戴きますけど…」
「うん」
「一尉には、後悔して戴きたくないんです。わたしのように」
「……」
「ですから…」彼は、穏やかな微笑みを向けてくる。「もう少し ──── 素直になられた方が」
山本の言葉に。
僕は何も言い返せなかった。
だから。
何も言えずに、珈琲を飲み干して。
そのまま、席を立つ。
予定より遅くはなったけれど。
147の待つ屋上へ向かうために。
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