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健やかなる時も① 76

「 ──── サイードですか?定時に上がりましたよ」

息を切らせながら、メイン・ゲートへ駆け込んだ僕を。
伊崎とマームーンは、きょとんとして見返した。

「定時とは?」と、僕。「2100か?」

「ええ」伊崎は、頷いた。「2030で交替ですから。それから身支度を整えて居住区へ戻りました」

「今日は実家でお祝いをすると言っていました」マームーンが、流暢な英語で答える。「父親の誕生日だと」

「なるほど」

腕時計を睨みながら、僕は考える。
外出が許可されている時間は、とっくに過ぎていた。
現在市内では、米海兵隊による、大規模なテロ掃討作戦が行われており。
夜間に銃撃戦の音が聞こえてくることも珍しくはない。
そのために。
米軍からの通達を無視して外出することは、堅く禁じられている。

しかし。
彼をこのまま、1人で行かせる訳にはいかない。
外出禁止令明けの0600には、相当遠くへ移動してしまうだろうから。
今すぐ追いかけなければ間に合わない。
かと言って。
全軍に協力を仰ぐのは不可能だと僕は判断した。
147の存在とこの不祥事が、知れ渡ってしまう危険性があるからだ。



頭の中で、作戦を纏めながら。
僕は一度病院へ戻りかけたのだが。
ふと思い直し、非常用の武器庫へ向かい。
迷彩服に着替え、防弾チョッキを着け。
暗視カメラ搭載のサブマシンガンと、対人用レーザー銃の持ち出し許可を得る。
出来ることなら、使いたくはない代物だ。

いつものジープに乗り込もうとしたところ。
VIP車のハンヴィーⅡがあることに気付いた。
少し迷ってから、そのキーを取る。
単独行動、職務放棄の罰則規定は知っているが、仕方がない。
周辺諸国の中では、比較的治安がいいと思われているクウェートだが。
それはあくまで、日中の話だ。
地元の人間でさえ、2100以降1人で外出することなどないのに。
外国人、しかも東洋人が夜間、丸腰でこの街を歩くなんて。
自殺行為以外の何物でもない。


レーザー銃とサブマシンガンを助手席に置き。
ごつい軍用車のエンジンをかけると、各種ランプが一斉に煌めいて。
まるで、航空機のコックピットのようだった。
最新型の衛星ナビゲーション・システム、温度感知システムなどなど。
目視と地図に頼っていた時代に比べれば、遥かに便利だが。
今夜は、クウェート名物の砂嵐。
ドライブに出掛ける馬鹿はいない。
果たして1人で、何処まで行けるのか。
147を無事に探し出せるのか。
正直な話。
僕にも、大して自信はなかった。


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