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健やかなる時も① 102

「 ──── どうした、一尉?元気ないな」

「そんなことはないよ」

「そうか?」

「そうだとも」

「そうかな?」

「そうだって!」僕は、溜め息と共に煙を吐き出す。「くどいな、君も?」

「ほら見ろ、嘘だ」彼は、くすくす笑う。「自分では気付いてないだろうけど、君は結構判り易いからな」

「……」

「何があった?」

絵に描いたような晴天、うだるような暑さ。
そんな中で。
147の白衣は、目が眩むほど白い。
煙草を吸い終えた僕は、携帯灰皿に吸殻を捨て。
それから、ポケットの中をまさぐってみる。
取り出した指輪を、目の前に翳してやると。
147は怪訝な顔をして、それを受け取った。

「何だい、これ?君のか?」

「まさか。優の結婚指輪だ」

「へえ。でも、何でまた君がこれを持ってるんだ?」

「白衣のポケットに入ってたんだ。帰国したら、カミさんに返してやらないと」

「なるほど。辛い役目だな」

「まあね」と、僕はやんわり肯定する。「だけど、いつまでもわたしが持っている訳にはいかないからな」

「そりゃそうだ。他人の指輪なんか持ってたって、いいことはない」

そう言うと。
彼は強い日差しに目を細め、深々と煙を吸い込んだ。
どういう訳か。
147はまた、髭を生やしつつあって。
元々彫りの深い顔立ちだから、似合いはするのだが。
個人的には、髭のない顔の方が好きだった。
こんな時の彼は、普段以上に大人びていて。
見た目は若いけれど、やはり、年上なのだなと思う。
まだ証明された訳ではないが。
40年前にアフガンで消息を絶った医師が、彼ならば。
僕との年齢差は、単純計算で37年。
彼は67歳か、それ以上ということになる。
それを、日本政府が信じてくれるかどうか。
僕と一佐が今一番頭を痛めているのは、彼の素性云々ではなく。
実は、そのことだったのだ。


やや伸び始めた髪を掻き上げながら。
147が煙草を吸い終わるのを、黙って待っている間。
端整な横顔を眺めながら。
僕は不意に、有賀のことを思い出す。
学生時代。
先輩の結婚式に招かれた日のことを。


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