健やかなる時も① 115
「 ──── 一尉。どうした?」
優しい声に揺り起こされて。
僕の意識は、ゆっくり戻ってくる。
泣き濡れて目覚める朝は、珍しくもないけれど。
それを彼には、見られたくなかった。
「また、例の夢か?」
「いや」僕は、顔の上に両腕を上げる。「いつもとは違うよ」
「どんな?」
「優の結婚式の前夜。最後に、2人きりで会った時のことだ」
「……」
「我ながら感心するよ。よくもまあ、こんなに鮮明に覚えてるものだなって」
「……」
147は、答えない。
答えずに、僕を見下ろしている。
簡易ベッドの縁に、腰を下ろした状態で。
相槌も打たず、冗談も言わず。
だから。
気まずい思いのまま、口を閉ざした。
どうしてかは判らない。
けれど。
何故か、彼を傷付けたような気がして。
「 ──── 残酷だな。記憶って奴は」
立ち上がりながら。
彼は、そんな言葉を漏らす。
やや自嘲気味ともとれる口調で。
「…確かにな。自分ではどうにもならないものだから」
「これだけ医学が発達しても、心の分野は相変わらず闇の中なんだろう?」
「……」
「見えないだけに厄介だよ。記憶だとか、思い出だとか ──── 」
「……」
「切除出来るものなら、してしまいたいね」
背中を向けたまま。
147は、部屋を出て行った。
だから。
僕は撥ね起きて、そのあとを追い。
閉じかけたドアを引き戻す。
そんな僕の態度に。
彼は、驚いたようだった。
「どうした?」
「今日は、寝ていかないのか?」
「遠慮しておくよ。君の方が疲れてるみたいだし。それに ──── 」
「それに?」
「何だか、邪魔をしているような気がしてね」
「別に邪魔じゃない。そう思ったこともない」
無意識に。
そんな言葉が、口をついて出る。
どうしてだ?
いつになく、彼が弱気だからか?
寂しげに見えるからか?
再び、言葉を呑み込んだ時。
147はようやく、微笑んでくれた。
ポケットに両手を突っ込んだまま。
「 ──── 本当に?」
「…ああ」
「じゃあ、あとでまた来るよ」
「え?」
「ちょっと、一服しようと思ってね」彼は、くすくす笑う。「初めて見たな、君のそんな顔は」
「ったく」僕は思わず、天井を仰ぐ。「ふざけやがって!」
「そう言うな。あと少ししかここにいられないんだから」
「……」
「喧嘩はしたくない。時間が勿体ないからな」
「まあ、それもそうか」
「おっ?」
「うん?」
「今日はやけに素直じゃないか?」
「今日はってことはないだろう?失礼だな」
「そうか?」
「そうだとも。君と一緒にするな」僕は思わず、頭を掻く。「まあいい。あとで合流しよう」
「待ってるよ。どうせ非番だし。何時まででも」彼は、にっこり笑った。「待つのは嫌いじゃないんだ」
そう言うと。
147は、くるりと背を向ける。
その後姿に向かって。
僕は、首を振るしかなかった。
全く。
どうかしてるぞ、仁。
何で、あいつのことばかり気にしてるんだ?
どうしてこんなに、あいつに気を遣わなきゃならないんだ?
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?