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健やかなる時も① 104

「 ──── それで、どうなったんだ?」

147が訊く。
雲ひとつない青空の下で。
僕は彼から離れ、手すりに両肘を乗せて腕組みし。
その上にうつ伏せるようにして目を閉じた。

「きちんと宣誓したよ。"誓います"と。彼と同じように」

「それで?」

「そこまではまだ良かった。誰かに咎められたとしても、悪ふざけで済む話だ」

「うん」

「ところが。調子に乗った岩見が、"では、誓いのキスを"なんて続けたものだから ──── 」

「へえ」

「それも、やけに神妙な顔をして。他の連中も、ここまで来たらやっちまえ! なんて煽りまくるし」

「で、したのかい?」

「冗談だと思ってたんだ」僕は、溜め息をつく。「それなのに、優の奴。ほんとにやりやがって ──── 」

「えっ?」

「公衆の面前で、あんなことされて。頭の中が真っ白になったよ」

「へえ。大胆だな!」

「大胆もいいところだ」僕は肯定する。「ふざけんな! って、腕を振り上げたんだが。あっさり捕まえられて」

「だろうね。彼の方が上背があるから」

「そう。周りも面白がって、もっとやれ! なんて囃し立てるし。恥ずかしさに卒倒しそうだったよ」

「なるほど」

「 ──── でも」

「うん」

「今でも、忘れられないんだ。その時のことが」

「……」

「優の真剣な横顔が。たった一度きりの接吻が」

「……」

「彼とは、生まれた頃から一緒にいて。離れたのは僕が自衛隊生徒だった4年間と、優が志願して中東へ来てくれてからの3年だけで」

「うん」

「仲は良かったよ。君も知っての通り。でも、そんなことは、この時が最初で最後だった」

「……」

「馬鹿みたいだろう? たった一度きり、ノリでしたことなのに。まだ引きずってるなんて」

「そんなことはない」彼は、僕の肩に手をかける。「気持ちは凄く判る」

携帯灰皿を渡すと、彼は丁寧に煙草を揉み消して。
それを、僕のポケットに突っ込んでくる。

「 ──── 実はわたしも、結婚式を挙げたことがあるんだ。2人きりで」

「何処で?」

「ニューヨークのコンドミニアムで。彼は偶然、別の階に住んでいたから」

「へえ」

「わたしは1人暮らしだったが、彼は配偶者と一緒でね」

「……」

「でも、彼はゲイであることを隠して結婚していたし、彼の女房は気が強くて、セルフィッシュな女で ──── 」

「……」

「たまたま、同じ病院に勤務していたんだ。わたしは知らなかったが、彼はわたしのことを知っていてね」

「うん」

「彼の方からアプローチしてくれて。付き合うことになって。それからすぐに、離婚することを決意してくれたんだ」

「……」

「信じてくれないかもしれないが。本当に真剣だったよ。わたしも彼も」

「信じるさ」僕は、頷いた。「だから、式を挙げたんだろう?」

「そう。彼が余命幾許もないことを知って、いても立ってもいられなくなってね」

「……」

「永遠の愛を誓ったんだ。神に背いて、一緒に地獄へ堕ちようと ──── 」

そう言うと。
彼も僕と同じように、隣へ来て。
同じように顔を伏せた。
そんな時。
僕に出来ることは、その肩を抱いてやることと。
何も言わずに、感情が収まるのを待ってやることだけ。
147の過去を知り、その痛みを共有しつつある今。
余計な慰めなど口に出来る筈もなく。
寄り添うことぐらいしか、してやれなかったのだ。


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