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健やかなる時も① 123

「 ──── …うん?ちょっと待ってくれ」

そう言いつつ。
147は一旦、体を引き離す。
僕の両肩を掴んだまま。

「それはひょっとして、君とわたしが非番の時ということかい?」

「そう」僕は、頷いた。「お互い、勤務時間外だったらOKということだ」

「えっ、それはないだろう?」

「どうしてそう思う?」

「君とわたしは今、実質24時間勤務じゃないか?」

「一日おきに交替って形でね」

「と、いうことは ──── 」

しばらく、頭を巡らせたあと。
ようやくそのからくりに気付いたのか。
彼は、大きな溜め息をつく。

「何だ。結局無理ってことじゃないか?」

「そうとは限らないさ」僕は、思わず笑ってしまう。「いつかチャンスがあるかも」

「やれやれ。やっぱり君は、筋金入りのサディストだ」

「今頃判ったのか?」

「素直に喜んだ自分が馬鹿みたいだ」彼は、首を横に振る。「一気に凹んだぞ」

「だから、可能性はない訳じゃないって ──── 」

「その気がないなら、ほっといてくれ」

遮るようにそう言うなり。
彼は、ベッドにごろりと横になる。
壁側を向き、僕に背を向けて。

「 ──── 147?」

「……」

「怒ったのか?」

「……」

「別に揶揄からかった訳じゃない。仕事中はまずいなって思っただけで…」

僕がどんなに話し掛けても、彼は答えない。
腕組みをしたまま、目を閉じている。
完全に不貞腐れてしまったようだ。
だから。
僕はPCを落とし、CATVを消して。
彼の後ろ側へ腰を下ろしてみる。
いつもの冗談だとばかり思っていたからだ。

「すまない。そういうつもりじゃなかったんだ。わたしにも一応、立場というものがあるし…」

僕が肩に手をかけても、彼は無反応。
でも、眠っていないことは確かだ。
それぐらい、呼吸の深さと間隔で判る。

「万が一バレたら、お互い大変なことになる。だから、慎重にやっていきたいと思っているだけで…」

彼は答えない。
答えずに、ずっと目を閉じたままだ。
さすがに僕は、まずいことをしたと思った。
よりによってこんな時に、そんな提案をするなんて ────


「穂積一尉」

突然。
彼が、口を開いた。
相変わらず、僕に背を向けた状態で。

「はい」

僕は反射的に、そう答えてしまう。
初めて彼と話した時のように。

「もう、いいだろう?」

「何が?」

「いい加減、名前を教えてくれないか?」

「……」

「わたしはジンクスなんか信じてないよ。今も昔も」

「……」

「死ぬのは怖くない。君がいなければ、ここにいる理由もない。前に言った通り」

「……」

「どうしても、最後の日じゃなきゃ駄目か?」

「 ──── そんなことはないよ」

「今更プライベートな時間が持てるなんて、わたしも思ってはいないさ。最初から」

「……」

「だから無理を言ってみた。君が受け入れてくれるなんて、期待もしていなかったし」

「…それで?」

「……」

「どうしたい?」

「……」

「それでも ──── 僕が必要なのか?」

不意に口をついて出た、そんな言葉に。
彼ははっきりと頷いた。

「悔しいけどね。君じゃなきゃ駄目みたいだ」

「……」

「これほど誰かに執着したことは、今までなかったよ」

「……」

「君のことが必要なんだ。みっともないくらいね」

「……」

「どうしてこんなことになるのか、自分でも判らない。教えて欲しいくらいだ」

彼の漏らす言葉に、僕は答えられず。
肩に触れている左手を、どうすればいいのか。
それすらも、判らなかった。
けれど、この瞬間。
僕自身を拘束している何かが、ふっと解けたような気がして。
理性もプライドも、みるみる失われていく。
気付くと。
僕はその手で、彼の左手を後ろから捉え。
指を絡めるようにして、きつく握り締める。
愛しかった。
そんな彼のことが。
離れることが判っている今もなお。
僕を求め、必要としてくれている彼のことが。
ただ、愛しかった。





「 ──── じんだ」

僕は初めて、彼に自分の名を告げる。
形のいい耳に、唇を当てながら。

「これからは、そう呼んでくれ」


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