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健やかなる時も① 99

147の言葉を借りれば、"匍匐前進が出来るくらい"元気になった頃。
僕はようやく、現場へ復帰した。
米軍病院から受け入れていた傷病者も、滞りなく回復し。
それぞれ帰国したり、各部隊へ戻っていったりしたから。
院内は久し振りに、静けさを取り戻し。
僕の部下達も、147も、しっかりのんびりと職務をこなしていたが。
外出禁止の解けない僕は、文字通り籠の鳥で。
夜勤明け休暇ディーンスト・フライ|を利用して、彼等が仲良く市街地へ買い物に出掛けていくのを。
或いは、147が中佐に招かれて米軍基地へ向かうのを、羨ましい思いで眺めていた。




司令部で定例報告を済ませたのち。
オンボロのジープを駆って、軍病院へ戻り。
いつものように階段を上がって、ナース・ステーションへ向かう。
何か運んだ直後のように、ドアは開け放たれていたから。
僕は制帽を左手に持ったまま、ホワイトボードに書かれた予定を確認して。
それから着替えるために、ロッカー室へ足を踏み入れたのだが。
思いがけず人影を見て、立ち止まる。
何故か。
そうした方がいいような予感がしたからだ。

そっと覗くと、中には山本がいて。
こちらに左半身を見せるようにして立っている。
彼の姿は、ロッカーの扉に半ば隠されており。
何をしているかを窺い知ることは出来ない。
けれど。
どういう訳か僕は、彼の邪魔をしてしまったような。
見てはいけないものを見てしまったかのような気がした。

狭い部屋の入り口に佇んで、しばらく待ってみたけれど。
彼は僕の存在に、全く気付かないようだった。
だから。
微かな後ろめたさを覚えつつも。
仕方なく、こう声をかけてみる。

「 ──── 山本?」

すると。
彼はびくっと体を竦ませて。
慌てた様子で、ロッカーの扉を閉めた。

「あ、はい!」

「どうした?何かあったか?」

「いえ、何も」彼は、ぎこちない笑顔を返す。「お疲れさまでした」

「変わったことは?」

「ありません。147は今、休憩室にいます」

「そうか。君も上がってくるといい」

「まだ、時間前ですが」

「いいよ。珈琲を淹れておいてくれ。わたしも15分後に行くから」

「了解しました」

彼が幾分早足で歩き去ってから。
僕はあらためて、そのロッカーを確認してみる。
扉を開けると、中には、ハンガーにかけられた白衣が一枚。
そのネーム・プレートを確認しようと手を伸ばした時。
僕は、ようやく気付いたのだ。
それが、有賀の使っていたロッカーで。
彼が着ていた白衣であることに。


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