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相手守備組織基準のパス指標を1シーズン集計した結果とそれを使用した天皇杯決勝分析

天皇杯決勝が浦和の勝利で幕を閉じたことで日本サッカーの2021シーズンは終了しました。私は時間がある時にフロンターレのデータレビューを書いていますが、今シーズンからEPPというどれだけ効果的にパスを回したかを表す独自の指標を集計して掲載していました。そのEPPという指標を38試合川崎と相手チームを集計した結果をこの記事では書いてきたいと思います。EPPに関してはシーズン前に記事を書いていますのでよろしければご覧ください。

1.まずEPP(Effective Pass Point)とは何か

EPPとは相手守備組織を基準としてパスを集計してポイント化するというものです。「相手守備組織を基準」というのは442や532といった相手チームの守備時のフォーメーションを①裏・②ライン間・③ファジーゾーン・④フロントエリアという4つのエリアに区分するということです。以下の図はわかりやすい442の場合を示しています。また、これらは動的なものとして考えます。従ってSHが高めの位置で守備をする場合ファジーゾーンは縦に広くなります。

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このエリア区分はパスを送り込む優先順位を表しています。裏のスペースである①にボールを送り込めばGKと1体1になりゴールの可能性は高まります。しかし守備側もそれを一番警戒してくるため①にボールを送り込むことは困難です。つまり攻撃側の優先順位と難易度は比例しています。ですので④<③<②<①の順でボールを送り込むことが効果的です。このエリア別にパスを集計したらポイント化していきます。

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EPPの計算①
各エリアに入ったパス数×上図の倍率

先ほど紹介したパスの優先順位の順に倍率が高くなっています。ファジーゾーン(赤)よりもライン間(青)にパスを送り込む方が難しいが、その分効果的なので倍率が高いということです。こうすることで同じ1本のパスでもより効果的なエリアに通したパスの方がポイントが高くなります。この計算の次に以下の計算をします。

EPPの計算②
パスを受けた選手の次のプレーの向きが
前→100%
横→75%
後→50%

同じエリアに入ったパスでも、受け手が前を向くかどうかでパスの効果は変わるので、パスの受け手の次のプレーの向きも考慮します。倍率の基準は「パスを受けた選手の次のプレー」です。プレーとはパスやドリブル、クロスなどを意味しています。パスを受けた選手が前を向いてもその後にバックパスをしてしまう場合もあるので、プレーの向きを基準としてます。

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この二つの計算をすることでパス1本のポイントを割り出し、その合計をEPPとします。

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二つ例を紹介します。一つ目は裏へのロングボールで、1.8(裏へのパス)×0.5(受け手がバックパス)=0.9となります。二つ目はフロントエリアへのパスで、1.2(フロントエリアへのパス)×1(受け手が前に運んだ)=1.2となります。

二つ目の例の注意点として、EPPは相手守備組織基準なので2トップが守備をしなかった場合、つまり4+4の守備組織だった場合はフロントエリアは消滅します。

2.川崎フロンターレのリーグ全試合でEPPを集計した結果

ここからは今シーズンフロンターレのリーグ戦でEPPを集計した結果を紹介したいと思います。

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フロンターレに加えて各試合の相手チームのEPPも集計したのでそれも掲載しています。フロンターレの1試合平均は88.6で対戦相手は55.3でした。こうして見るとフロンターレのEPPはシーズン後半に向けて減少しており、シーズン後半につれて苦戦する試合が多くなった印象とも合致していると思います。そして対戦相手のEPPが飛び抜けて低い仙台戦と福岡戦ですが、引き分けと負けという結果です。相手に効果的にパスを回させなかったつまり効果的に守備ができていたが失点してしまったということになります。このように相手チームのEPPは自チームの守備のデータとして使用することもできます。

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この二つは川崎のEPPとシュート、相手のEPPと被シュート数を比較したグラフです。効果的にパスを回したけどシュートは少なかったなど、いろいろわかると思うのでぜひ眺めてみてください。

次にEPPはシュート数と相関関係があるのか見てみたいと思います。

相関係数0.56

これは川崎のEPPと相手のEPP合計76個のデータをプロットしたものです。まず、これらのデータはすべて川崎とその対戦相手ですのでかなり偏ったものです。従ってこの検証はあまり正確ではありません。しかし自分でJリーグ全試合集計するのは困難なので今回は仮の検証ということにします。

EPPとシュート数の相関係数は0.56である程度の相関があると言えます。右下3つと左上1つの外れ値を除いた相関係数は0.66となり強い相関係数がありそうです。EPPはボール支配率やパス数などでは測れないボール保持に関するデータとして信用できるデータではないでしょうか。
自チームのEPPが高いチームはボール保持が上手く、相手チームのEPPが低いチームは守備が機能しているというようにチームのデータとしても使用できますが、選手個人のスタッツとしても利用可能です。

3.EPPを選手に振り分ける~天皇杯決勝を分析~

EPPを選手個人のスタッツとして利用する例として天皇杯決勝の浦和対大分で検証してみたいと思います。紹介するスタッツはパスヒートマップと選手のEPPです。パスヒートマップとはEPPを計算するために集計した各エリアへのパス数を、入ったパスが多かったエリアから順に色を濃くしたものです。
EPPは選手の下にパスの出し手/受け手として記載しています。この表し方は筑波大学蹴球部のデータ分析班を参考にさせていただきました。

・前半

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前半は6分に浦和が先制点を決めたりと浦和ペースでした。パスヒートマップを見ても浦和は色が濃いエリアが多いですが、大分はパスが入っていないエリアすらあります。
そして浦和で最もパスが多く入ったエリアは右のサイドでした。ここで選手のEPPを見ると、右SBの酒井は出し手としてのEPPが6.5でチームで最も高く、右SHの関根は受け手としてのEPPが7.85でこちらもトップの数字です。従って酒井が出し手として右サイドの関根にパスを多く出して浦和の攻撃を作っていたことがわかります。これが所謂ビルドアップの出口でした。
そして逆サイドの左サイドへのパスは最も少なかったですが、左SB明本の出し手としてのEPPが0で左SHの小泉は出し手受け手ともに高い数字なので、明本が幅取り役だったことがわかります。ただそこから効果的なパスは出ませんでした。
他にも伊藤よりも柴戸の方が出し手EPPが高いため柴戸の方が効果的なパスを出していたことがわかり、江坂の方がユンカーよりも出し手EPPは高く受け手EPPは低いのでトップ下のタスクだったとわかります。

・後半

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後半になると大分のボールを持つ時間が増えた影響で浦和の選手のEPPはかなり低くなりました。浦和のパスヒートマップを見ると前半濃い色が多かったライン間のスペースを中心に薄い色になっています。大分のパスヒートマップを見ると全体的に濃い色が増えました。
大分のEPPを前半と比べてみると町田と下田の値が大きく変化しました。町田は前半4.2/0.75でしたが後半に3.4/8.775となり受け手としてのEPPが大きく上がりました。そして下田は前半3.3/2.45でしたが9.05/0となり出し手としてのEPPが上がりました。つまり下田が出し手になり町田が受け手として効果的なパスをいくつも受けていたことになります。
また、下田は受け手EPPが0になっており、守備ブロックの外でパスを受けていたことがわかります。町田は効果的なパスを受けることが増えましたが、出し手EPPは減少しており貰ったパスを先に繋げることができなかったと言えます。

このようにパスヒートマップとEPPを利用することでどの選手が(Who)どこで(Where)どれほど(How)効果的にパスを回していたかがわかるようになります。また、前後半ではなく15分ごとに区切ることでいつ(When)もわかるようになります。しかしなぜそうなったのかWhyの部分に関してはわかりません。この試合で言えばなぜ前半に酒井の出し手EPPが高かったのか(大分がダイヤモンド型の442だったためサイドにスペースがあったからですが)。この点についてはEPPではわからず映像を見る必要があります。これはどのデータにも言えることですが、EPPはその映像への依存度を他のデータよりも下げることができると思います。なぜならパスは試合中のボール保持においてトラップを除いて最も多いアクションだからです。そのためEPPによって試合や選手の能力を大局的に捉えることができます。これがEPPの肝だと思っています。

4.まとめ

今回は私が約1年前に考えたEPPという指標を1シーズン集計してみた結果と、選手個人EPPを天皇杯決勝を例として検証した紹介でした。EPPは攻撃と守備どちらの指標としても利用でき、選手別に集計することで各選手のパフォーマンスや試合の展開を読み取ることもできます。加えてスカウティングにも効果的で、対戦相手CBの出し手EPPが低い方にボールを持たせるなどの決定もできます。
もちろんデメリットもあり、相手守備組織基準のエリアを認識することが困難だったりします。ただそれ以上に利用価値の高い指標だと思っているのでもし面白いと感じたら拡散よろしくお願いします。最後まで読んでいただきありがとうございました。

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