今更CLANNADを見たというお話
南風です。この記事を見ていただいている方、血と涙はありますか?私は頻繁にあくびをして涙を流すことで、血も涙もない人たちへの優越感に浸っています。
しかし、私はある日気が付いてしまったのです。いつもみたく、あくびと共に滴る涙の数だけ優越感に浸っていたその時「あれ、俺感動して泣いた経験なくね」と
思春期のそれとは違った、一抹のぼんやりとした不安がよぎる。「私は人間味に憧れた悲しきモンスターなのか…否」
そんな予感を裏付けるとも反証ともなり得るものを探し始めた南風。ひらめきは次第に強くなる夕立のように長く瞬間的であった「そうだ
CLANNADをみよう」
と言った具合に、ここ最近登録したU-NEXTでCLANNAD1期から見始めたのである。
序盤の違和感
CLANNAD、いくら名作といえど原作ゲームは15年以上前に発売されたもの(当初の発売予定では約20年前)。いささか気になる点があった。
絵柄だ。所謂昔の少女漫画的とでもいうのか、バンドマンの前髪ほどまでエクステンドされたその目は、失礼ながら「違和感」として映ってしまったのである。
もう一つは演出。近年のアニメを見ている人は、あそこまでコテコテの「萌え要素」を感じる演出に抵抗があるでしょう。私はその演出に僭越ながら冗長、冗漫と感じてしまったのである。
胡散臭いお涙頂戴系は、正直感動どころか冷めてしまうタイプなので、そこに対しても不安を持ちながら視聴していた。
1期視聴終了
移動時間など空いた時間に見続け、22話ある第1期を無事見終わる。前半はその演出のクセに正直何度も折れかけてしまったが、それぞれのエピソード自体は「まあ、感動的かなあ」という感想であり、普通のコメディドラマモノとしてそれなりに楽しんだのであった。
因みに一期は泣かなかった
焦る南風
「泣けない」「いや、泣く気配すらない」CLANNADを見て「焦り」という感情を覚えた人はいないであろう。
駆け足で After Storyに突入した。因みに事前知識としてAfter Storyの方が面白いということは知っていた。
やはり泣けない前半
ヤバイヨヤバイヨ。10話になってもナケナイヨ。ボクロボットカモシレナイヨ。
15話あたりから変わる風向き
15話あたりから一気に引き込まれた。いわば起承転結の「転」である。正直、1期が「起」2期の14話あたりまでが「承」である。非常に長い。
伝説の18話
重い話が続き、18話に突入したのだが、途中までは重い。まあ、重い話なのである。おいおい、いよいよ泣けな泣いた。号泣まではいかないけども普通に感動した。
夜更かしの末見終わる
まあ毎日夜更かしなんだけどね。いやあ、良かったです。これでまた一つ優越感に浸れる。個人的ベストのSteins Gateを、瞬間最大風速では上回ったのです。そんな訳で、ぜひ皆様もCLANNADを。
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