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【小説】君の前に桜は咲かない

※死を取り扱ったセンシティブな内容なので、心が元気な時にお読みいただける事を推奨します。


 Bは死を選んだ。
僕たちは、彼を生かす事に責任を負えなかった。
だから彼の意思を尊重した。
「死のうと思う」
8月が過ぎたというのに、残暑と呼ぶには暑すぎる気候。
だからこそビールは美味しくて、友達と酒を飲むのはより楽しくなる。
今日は久々に皆で集まれる日だったので、いつも通り下らない話をしていたのに、Bは突然こう告げてきた。
「俺はどこに行っても変わり者と呼ばれるし、今や寝て働いて寝ての繰り返しだし、毎日がつまらないんだよな」
僕とCはただ彼の話を聞いていた。決して彼の話を否定しない。
「そっか。 じゃあ生きてる内にまたなんとなく会ってなんとなく飲もうよ」
Cはその言葉しか彼に伝えず、僕はただCに同調してうなずく事しかしなかった。

 僕とBとCは、大学でなんとなく仲良くなり、社会人になってもなんとなく集まってなんとなく酒を飲み、それからもグループチャットでなんとなく会話をしている仲だった。
各々忙しくてもなんとなくグループ通話を定期的にするし、なんとなく予定が合えばなんとなく集合する。互いに否定も肯定もしないそんな関係が心地よかったんだと思う。Bからの告白の後も、3人のグループチャットはなんとなく動いていたし、以前と変わらない日常が過ぎていった。
数週間経ったある日、僕とCは仕事終わりにばったり出会う。そのまま流れで居酒屋に行き、酒を飲みながらBについて話す。
「Bの事、どう思う?」
別に真剣に意見を求めている訳ではないが、Cにとりあえず聞いてみる。
「んー、でもBが決めた事だしなぁ」
「そうだよな、僕もそう思う」
「そもそも俺たちに何かできる事あると思うか?」
「いや、ないよ」
僕たちの馬が合うのは、死生観みたいなものも含めて考え方の共通項が多かったのもあると思う。
「死にたい奴に『死なないで』なんて、どの口が言えるんだよ」
「うん。 Bに限ったことじゃないけどね」
「そうなんだよなぁ。 生きる事を辞める、なんて相当な覚悟がないと出来ない事に対して軽々しく言えないんだよ」
「僕も本音を言えば、そりゃ死んでほしくないけどさ」
「うん」
「でも僕は、Bが選んだ事に反対出来るほどBの人生に責任を負える自信はないんだよ」
「俺もだよ。 だから無理に止める事は出来ないんだよな」
当たり前の様にCと意見が合う。きっと、Cが死を選んだら僕とBは同じ話をするだろうし、僕が死を選んでもBとCは同じ話をするだろう。
『友達の考えや意見を否定したくない』という考えが、僕たちを結びつけていたんだと思う。
「だからさ、」
Cが思いついた様に言う。僕はこの後の発言を既に察していた。
彼も僕の表情から察せられているという事を分かっていたと思う。その上で。
「今より少しだけ3人で集まる機会を増やして、Bと楽しく過ごそうぜ」
「絶対そう言うと思ったよ」
「まぁ、俺が言わなきゃお前が言ってただろうしな」
「うん、それでBが考え方を変えてくれれば万々歳だしね」
「そういうこったな」

 僕たちは3人共、なぜか激務に追われる仕事に就いてしまった。そこも多分似ているんだろうな。今まではたまたま予定が合う時に集まっていたけど、僕とCは少しだけ能動的に集まる事を意識し始めていた。多分Bも僕たちの動きが変わった事に気づき始めたんだと思う。
「まぁ、分かってるんだろうけど、気を遣うのは御法度な」
Bがグループチャットで釘を刺す様に発言する。無理には絶対誘わない。でも、B自身に時間を取る余裕がなくても、僕とCはなるべく有休をとったり、仕事を早く終わらせたりして、Bと会える機会が増えるように行動した。

 出来る限りの行動をしている内に、3人で集まる機会は増えていった。特段無理をしていた訳ではない。
「君らは本当に俺が好きだねぇ」
酔っ払ったBがヘラヘラしながら話しかける。
「そりゃな! 俺もお前らも友達はここにしかいねえからな!」
Cが勢いよく発言するが、僕はすかさずマウントを取ろうと言い返す。
「まぁ僕は、君たちとは別に友達がいるけどね」
「は? 嘘つけよ。 同窓会誘われた事ねぇ癖に」
Cがいきりながら僕を煽ってくる。
「同窓会誘われてない事と友達がいない事は別だろ!」
僕がCに突っ込んでる様を見ているBはとても愉快そうだった。

 数日後、グループチャットにBからコメントが届いた。
「ありがとな」
その5文字だけで僕たちは彼がどうなったかを察した。
せめて何も言わないままにしてくれよ。
多分Cもそう思っただろう。

 ベタな話だが、樹海でBの遺体が見つかったそうだ。
首を吊っていたらしい。意外にも割と人に見つかりそうな入り口の方に生えている大きめの樹とのことだ。
「なんだかんだ止めて欲しかったのかな」
「いやぁ、分かりやすくしたかっただけなんじゃね?」
今となっては彼の真意は分からない。いや、生前でも分かる事はなかったんだろう。
一応、僕はCに提案する。
「ねぇ」
「ん?」
「行ってみない?」
「あぁ」
「うん、樹海」

 僕たちは樹海へ向かう。そして、彼が最期の行動をとったであろう大木の前に辿り着く。季節はいつの間にか春だった。世間では花見というイベントで盛り上がっている。彼が最期に居た場所で、僕たちは話をする。
「どういう気持ちだったんだろうな」
「それはBしか分からないよ」
「真面目に返すなよ。 そうなんだけどさ」
「はははっ」
「こうやって笑えるのも俺たちだからなんだろうけどな」
「うん。 ……ねぇ、多分Cも同じ考えだと思うんだけど」
「?」
「僕たちは、ていうか生き物ってさ、産まれたくて産まれた訳じゃないじゃん」
「そうだな」
「まぁ綺麗に言えば両親の愛の賜物、なんだろうけど。 生物的には種の保存を目的として産まれてきた訳で」
「うん」
「自分から『おっしゃ! 産まれてくんぞ!』みたいな生を享けてないから、産まされた以上は生きなきゃいけない義務みたいなのはないと思うんだよね」
「俺もそう思うよ」
「だから、Bが生きる事を辞めるっていうなら、それはBの権利だし、それを尊重したいと僕は思う」
「……やっぱ、俺たちはそういう考えだから仲良くなれたんだろうな」
「だと思うよ」

 会話が終わり、僕とCは暫く黙り込んでいた。
数十分経った後にふと、Cが言葉を漏らす。
「にしても、なんでこんな所だったんだろうな。 もっと綺麗な場所で終われば良かったのに」
「なんか樹海っていったら人に見つかりにくいように、ってイメージだけど割と手前だしね」
「なんかさ、『桜の樹の下には死体が埋まっている』って話を読んだ事があるんだけど」
「物騒な話だね」
「まぁ別に本当に死体が埋まってる訳じゃなくて、そんな綺麗なものならその下に死体の一つでも埋まってるだろ、っている考えている男の話なんだよな」
「なんだそりゃ」
「俺もそう思うよ。 でも、綺麗じゃないとこでも人は死ぬんだなって」
「そう思ったんだ」
「せめて桜でも咲いてりゃ、そこで花を見ながら飲めたのにな」
「現実はそうじゃないんだね」
「実際にこの樹の下で埋まってる訳でもないしな」
「まぁ仮にここで桜が咲いてて、僕たちが飲んでたとしたらBはどう思う? って感じるけどね」
「キレるだろうな。 『楽しくしてんじゃねぇよ!』って」
「違いないね」

 たわいのない会話のおかげか、なんとなく僕たちは大木に背を向けて樹海を後にする事が出来た。友達が自ら生を絶つ選択をしても、僕らは何も言わない。
生きていようが死んでいようがこの関係は変わる事はないし、生きている者達だけでずっと話題にはし続ける。本音を言うと立ち直れないぐらい悲しいに決まっているし実際そうだ。ただ、死後の彼は立ち直れないぐらい悲しくなってんじゃねーよと絶対思っているのだろう。だから、彼の遺志を尊重して今日も生きていく。たまにCと二人で居酒屋にいく。そしてたまに二人でBの話もする。

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