世界いち優しい喪失/―――「死んだ息子の遺品に息子の嫁が入っていた話」に寄せて

フォロワーがコミックスを出した。
ふさふさの尾に、三角形の耳がかわいい二匹の家族と暮らしている、仲のいいフォロワーがコミックスを出した。

画像2

(画像をクリックするとAmazonのページに繋がる)

めでたい。一介の小市民にすぎない私には想像もつかない世界だが、絶え間ない努力の果てに自分の作品が書店に並ぶというのはこのうえなくめでたいことだと思う。

未知の感染症の流行に、目の前を流れていく悪いニュース。ずっと続いているように思える景気の低迷と、釈然としない社会情勢。ここ最近ずっと、ろくでもないニュースしか目にしていなかったから、この一報にいろいろな人が歓喜した。
わたしも例外ではなかった。自分のことのようにいたく喜んだ。もしもわたしが時の権力者だったら、きょうという日を国民の祝日に制定していたかもしれない。

発売日に本屋さんで探して買おうと思っていたら、その日の夜に彼女から「コミックス送るから買わなくていいよ」とDMが来て笑ってしまった。
翌日、自分でも一冊買って、疲れたサラリーマンとOLばかりが居座るスターバックス・コーヒーで、本屋さんの袋から出したばかりのコミックスを写真に撮って送った。

二日ほど経って、不動産販売のチラシとピザ屋のデリバリーカタログばかり送られてくるポストにちいさな小包が届いていた。開けてみると、彼女からの贈り物だった。

画像1

かわいい動物(猫か?)
喜び勇んで読んだ。なにせフォロワーの初単行本だ。冒頭から「勘当状態のまま病死した息子の遺品として、やたら押しの強い自立型ラブドールが押しかけてくる」というとんでもねえ展開だったが、勢いがあって面白いのでスルスル読めた。

もう読んだよ、という人も多いかも知れないが、いちおう粗筋を書いておくと「死んだ息子の遺品に息子の嫁が入っていた話」は、勘当状態のまま遠い場所で病死した息子が大事にしていたアンドロイドが、残された両親のもとへ押しかけてくるというコメディタッチの作品だ。
自立型ラブドールとして生産されたが、事情あって捨てられた(このへんは追々作中で語られるかもしれないが)アンドロイドの「けいこ」が物語の軸になる。
けいこを拾った、謎の多い青年「明宏」は、ほとんど誰にも経緯を明かさないまま病死し、残された両親や友人は、それぞれのやりかたで明宏の喪失を受け止めようとしている。

これだけ書くと「シリアスな人情ものじゃん」となるが、目からビームも出せるしなんなら世界も滅ぼせるけいこの無駄な戦闘力や、善人だがハト以下の知略スキルしかない田中(彼は明宏の親友でもある)など、多彩で優しく、またコミカルなキャラクターがたくさん登場するので全体的に重くなりすぎず、かといって軽薄になりすぎることもなく、テンポよく物語は進んでいく。

そうして楽しく読み進めるうちに、アンドロイドの「けいこ」は、本質的なところではなにひとつ「明宏の死」を理解できていなかったということが、穏やかでやさしく、コミカルな日常描写のなかで明らかにされていく。
アンドロイドにとっての「死」がどんなものか、人間には想像が難しい。そうしてそれは、アンドロイドにとって「人間の死」を想像するのが難しいというのと、とてもよく似ている。
死のまぎわ、明宏はアンドロイドのけいこに「人は死んでも、大切な人のそばにいる」と伝えた。「例え死んでも、魂というものは残っていて、それはずっと大切な人と共にある」「誰かが思い出してくれる限り、死者は遺された者の傍にありつづける」と。
別にそれは嘘でも欺瞞でもない。肉体が滅んでも、記憶や、声や、思いは、寿命よりもずっと長く残る。
ただひとつ、余計な補足をするのなら、そのとき明宏が口にした言葉には「死に瀕したものの願望」が多分に含まれていて、絶望ばかりが飛び出す箱の中に遺された希望のように、その言葉はけいこに深く刻まれてしまったのではないかということだ。

けいこには「人間の死」が理解できない。
ボディパーツを揃え、クラウドにアップロードしていた記憶を引き継げば何度でもよみがえるアンドロイドのけいこには、「存在が消えてしまう」ということの乾いた痛みが、どうしても理解できない。
コメディタッチでやさしく、あたたかい物語のなかで、その一点だけがぽっかりと、画面の端に黒い孔を開けて待ち構えている。

明宏の父、源蔵はまっとうで善良な人だ。
なんだかんだと口うるさく言いながら、突然やってきて居座ったアンドロイドを自分の会社に迎え入れ、「息子の嫁」として正面から向き合おうとしている。
私はこの作家さんの根底にある、人への信頼感のようなものがとても好きだ。大好きだと言ってもいい。出てくる登場人物はもちろん皆が皆、完全無欠の聖人君子というわけではないし、アンドロイドであるけいこに不躾なことを言う嫌味な同僚も出てくるのだが、それでも、ところどころに垣間見える造形から、作者の根底に流れる人間への肯定感を感じられて、とても優しい気持ちになれる。

話が若干それたが、ともかく、1巻の山場にあたる「明宏が死んだことを理解できないアンドロイドと、遺されてしまった父親の対話」のシーンは、この作品のテーマを象徴している。
肉体が滅ぶということ、遺された人々の中から、その人の記憶が薄れていくということ。
電気羊の夢さえ見ることのないアンドロイドには、想像のつかない「喪失」が、どんな輪郭をしているか。
アンドロイドのけいこと、一人息子に先立たされた父親である源蔵の対話がどんなものかは、ぜひ実際に手に取って確かめてみて欲しい。

正直、ものすごく好きな作家さんの初単行本だというので発売を楽しみにしていたのだが、彼女のエッセンスはそのままに、エンタメ作としても非常に素晴らしかったので、読了後は満足感でしばらく大の字になっていた。

ラストの急展開も正直予想外で、この物語が行きつくエンディングがどうなるのか、今からとても楽しみだ。

ぜひとも、サザエさんぐらいの長さで続いていってほしいと願っている。


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?