光をテーマに〜ターナー、印象派から現代へ
ターナーの抽象表現(に近い)作品が見たくて、ひさしぶりの国立新美術館へ。
写真じゃやっぱり伝わらないよなぁと思いつつ。
前回(国立新美術館)はクリスチャン・ボルタンスキー展だったか。贅沢な展示空間の使い方はさすがで、あまり得手、興味の対象ではないジャンルの作家ではあったけれど、とても興味深く楽しめた。
話を本筋に戻して、本展(テート美術館展 光 - ターナー、印象派から現代へ)について。
イギリスのテート美術館のコレクションのなかから「光」をテーマに作品を選定。さすがの充実した(幅も濃さも)コレクション群。
ターナーにはじまり、ウイリアム・ブレイク、ジョン・エヴァレット・ミレイ(オフィーリアではなかったけれど)、モネ、ハンマースホイ、マーク・ロスコ、ゲルハルト・リヒター、カンディンスキーなどなど。
絵画作品だけでなく彫刻作品やインスタレーション作品(オラファー・エリアソンがとりをつとめる)もあり「光」をテーマに、かなり縦横無尽にテート美術館の所蔵品群をいい塩梅に渉猟できたのではないか。
とくにロスコ作品(一点)に対面できたのは貴重な体験。
(川村記念美術館に行けばいいんだけど)
ロスコとバーネット・ニューマンは写真撮影は禁止だったけど、ゲルハルト・リヒターはOKだった。
先日のリヒター展に行かなかったことが痛く痛く悔やまれる。
ま、そんなこんなの諸事情やこまかいことはともかく、展覧会としてはなかなか楽しめ、満足できるものだった。
ただ、わたしも撮ってるからいえないんだけど、作品鑑賞(ライブ体験)よりも記録に残す(写真撮影)に力がはいっている鑑賞者が少なくなく、そのせいで鑑賞の流れがスムーズにはならず、かなりいびつになっていた(鑑賞への悪影響)ことは印象的。
写真撮影をしようとしているひとに気を使って、背を屈めてとか、写真撮影を優先して、見届けてからとか
これって、、
まぁ、そういう姿勢(鑑賞スタイル)も尊重するっていうのは「日本人」の美徳のひとつともいえるのかもしれないけれど。
わたしも「これは!」と感じるものは撮影するし、そのへんの規制がゆるくなってきた状況はわりとウェルカムだけど
それでも、やっぱり「今」しかない体験。
一期一会に集中する、できる鑑賞者でありたいと思った。
自戒を込めて。
英国絵画の至宝。
やはりターナーは偉大。
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