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『無性教室』を読んで、キャラクターに一目惚れをする

2024/05/03

※ネタバレ注意

いつもより、少し真面目っぽくなってしまうかもしれない。
それほどまでに、衝撃的だった。

『コンビニ人間』で芥川賞を受賞したことでも有名な村田沙耶香の短編小説『丸の内魔法少女ミラクリーナ』の中にある一作、『無性教室』で心を鷲掴みにされる感覚に襲われた。

物語としては、「性別」を隠して過ごすことを強いられた学校で過ごす作品で、主人公たちはそこで性別とは何か、愛とは何かについて苦悩することになる。

もちろん、ストーリー全体を通してもとても面白く、村田沙耶香イズム全開でキャラクターたちが向き合う問題に対して同じ目線で現代問題を考えさせられる、私好みのものだった。
最終的なネタバレになってしまうため、多くは語れないが主人公たちの取った選択が私の中でもしっくり来るもので、この世界に自分もいたならどうなるのかという妄想を膨らませた。

ただ、この小説を読んだ時に感じたのは、これだけにとどまらなかった。
何よりも、久しぶりに物語の中のキャラクターに恋をした。

というよりは、恋するように仕向けられたという方が正確かもしれない。

物語の中に、ユキという主人公と同じ学校に通う友人が登場するのだが、彼女がとにかく美しかった。
勝手なイメージではあるが、モノクロの文字列を追いながら紅々とした色を彼女に見た。

物語ではとにかく「性を意識しない」学校という空間とそれに従う「性を意識しないよう心がける」生徒たちが描かれていて、読み手としては徹底的なまでの無色を意識させられる。
その徹底ぶりはこと細かく記されていて、女性は胸を押しつぶすことを強いられていたり、全員が短髪だったり、性別を表に出すことがあれば退学などの罰があったりと小出しされる設定に、ちょっとずつ思考が染め上げられていく。
ある種のバイアスを逆手にとったような設定とそれに苦悩するキャラクターへの共感が、私を無色にしていくのだ。

しかし、ユキというキャラクターだけは違って、彼女は終盤で「性別を隠して過ごすことへの抵抗」として本来の性別である女性を全面に出して登校をする。
化粧をして、女子らしい制服を着て、所作までも全てを完璧なまでに「女性」として登場する。

その登場は、それまで無色に蝕まれていた私の思考を真っ紅に染め上げた。
それまでが「無性」を強調した描かれ方だった反動で、急に登場した「女性」のユキに、女性を強く意識せざるを得なかった。

これが、恋をしたというより恋させられたに当たる。
その一節だけを読めば普通の女性としてしか描かれていないのはずなのに、彼女が女性として物語に登場してから退場するまでの一節一節が私に紅色のイメージを抱かせた。
その紅色があまりにも無色に映えて、思わず恋をさせられた。

こんなにもキャラクターに対して、直感的に美しいと感じさせられたのは久しぶり、もしくは初めてのことだった。
ユキの「女性」と「決意」はそれほどまでに紅かった。

私は、自分でもつまらないほど直感では生きないタイプで、何事もある程度の計算をしてしまう。
こういうのは、どっちがいいとかではなく双方メリットとデメリットがあると思うのだが、隣の芝生は青く見えるもので、なんとなく直感で判断できる人には憧れを抱いてしまう。
それは恋愛でも同じで、大小はあれど私は計算を含むことが多く、もっとも直感に近い一目惚れなんかは当然したことがない。
むしろ、その人のことを何も知らないのに、どうしたら一目惚れできるのだろう...と感じるほどだ(否定的な意味でなく)。

ただ、『無性教室』を読んでユキに対して抱かされた感情はあまりにも直感的で、一目惚れに近いものだと思った。
同時に一目惚れという行為がとてもピュアに思えた。

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