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私のビーズバッグ蒐集の歴史


1 なぜビーズバッグを集め出したのか?

今回は少し筆者自身のことをお話しさせていただきます。
今や日本では数少ない蒐集家となった筆者ですがそのコレクション形成の由来は全くの偶然でした。 『和のビーズと鑑賞知識』において、冒頭で書きましたように幼い頃に母のクローゼットを開けて、箱に入ったビーズバッグを取り出して触っていたのが原体験です。

2 加速するコレクションとサポーターの方々

実は三十代の頃までビーズバッグは好きだけれど集める対象ではありませんでした。四十歳すぎてちょうどヤフーオークションが活発になりたまたま見たとき、ある出品者の商品に目がとまりました。
その方は氣田早苗さんという女性で、それまで集めたバッグを定期的に出品されていました。彼女の出品の目的は仲間の方々と運営されていたキャッテリー(猫の繁殖をする建物・組織)の資金調達でした。

獣医師であることをお伝えすると大変に好意を持って頂き、オークションで購入希望を出すと他の人が落札しないよう早く終了させて頂いたりということもありました。
キャッテリーにもお伺いして可愛いアビシニアン種の仔猫も見せて頂いたこともあります。 こうして筆者のコレクションは一気に増えたのです。

他にもNPO法人の仕事で競り市に行くとビーズバッグが出品されていることがありました。 また、法人理事の一人がある施設のバザーを手伝っており、ビーズバッグがあると知らせてくれたりしました。

3 展示の機会が与えられる

こうして増えていったコレクションを最初に展示したのは、神戸ファッション美術館です。「涼をよぶロマンキモノ」展の際に、入り口のケースで展示させて頂きました。この時は当時学芸員をされていた和田さんのおかげで展示が実現しました。この美術館の入り口ホールはとても広いので、少しは賑やか市になったと思います。

口金まで細かく表現


次にビーズバッグたちに光が当たる機会がきたのは著書『和のビーズと鑑賞知識』です。 本来は昭和30年以降の着物ファッションを紹介する本にしたかったのですが、なぜか編集者はビーズバッグの方を気に入り本が一冊できました。 このとき構成などを担当して下さった中島悠子さんのおかげで、いろいろなビーズ作家を紹介することもできました。このとき調べたことが調査研究の基礎となっています。撮影はカメラマンの野村正治さんに担当していただき、極限まで精緻な画像でご紹介ができました。プロの技は素晴らしいものです。

撮影風景。とても時間のかかった撮影でした。

このときはじめて、小物の撮影にはこれほど時間がかかるのか!と実感いたしました。素人には思いもつかない世界です。また出版の機会をくださった誠文堂新光社様にも感謝しております。

また、万博公園の隣にある「日本民族博物館」でビーズ展が開催されたときも、担当の池谷先生のお声が雁で所蔵品を約12点お貸しすることになりました。この時は更に他の民族衣装と並んで、留袖を着たマネキンにビーズバッグを持たせました。着付けでご苦労いただいた上田久美子先生のおかげで立体的な展示ができました。

4 これからの調査

そもそも日本のビーズバッグの濫觴はたいへん気になるところです。今までの調べて判明したのは、最初に作り始めたのは紅会(くれないかい)というビーズ刺繍を教える組織で、同時発生的に平田袋物店という東京都に社屋ビルのある会社が製造をはじめ現在も製造しているとのことでした。

似内惠子(一般社団法人昭和きもの愛好会理事)
(この原稿の著作権は昭和きもの愛好会に属します。無断転載を禁じます)

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【参考文献】和のビーズと鑑賞知識 似内惠子

【お知らせ】一般社団法人昭和きもの愛好会では、この伝統と技術を後世に伝えるべく、展示や教室の開催を行っています。近くは2022年5月27日から29日まで、ビーズバッグと昭和きものの展示会を開催します。ぜひ会場で実物をご覧ください。

昭和きもの愛好会では、動画でも和のビーズバッグの魅力を紹介しております。こちらもどうぞご覧ください。
昭和きもの愛好会 和のビーズバッグの魅力
https://youtu.be/eIFta0iTbEshttps://youtu.be/eIFta0iTbEs

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