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#01 森繁久彌 〜コメディーとシリアスで頂点を極めた男〜

 2009年(平成21年)11月10日、森繁久彌は96歳で世を去りました。
 晩年はその長命から、多くの芝居仲間を見送る姿が半ばネタ化されてしまい、とりわけコラムニストのナンシー関はそうした森繁の姿をよく題材に扱っていました。
 ナンシー関のコラムによって、著名人の葬儀で「私より先に…」と弔辞を読む森繁の姿が際立ち、「森繁久彌=おくりびと」のイメージが濃くなったように思います。
 そんなナンシー関よりも生き、一つまたひとつと年を重ねる森繁久彌の存在は、晩年になるともはや演劇界の長老と化していました。

 思えば、森繁久彌という人は物心ついた頃から「大物」の風格が漂う役者でした。
 堅物そうな雰囲気、独特な喋り方、トークの中に妙なインテリジェンスを醸し出す、キャストロールは必ずトップかトメ。そして長老ともいうべき年齢。
 おかげで、幼心に「この人は偉い人なんだ」という認識が自然とすり込まれました。
 それだけに、彼の訃報を聞いたときは「とうとうこのときが来てしまったか」という思いでいっぱいになったものでした。
 
 NHKのアナウンサーからムーラン・ルージュのコメディアン、そして1960年代に社長シリーズと駅前シリーズで東宝のドル箱スターとなった森繁。
 独特のテンポと気の抜けた台詞回しは森繁の芝居の特徴であり、その演技でだらしない男を演じさせたら非常に上手い役者でした。

 その最たるものが、先述した社長シリーズ。とりわけ私が好きなのは、『社長漫遊記』です。
 この『社長漫遊記』は、米国を視察して帰った太陽ペイント社長の堂本平太郎(森繁)が米国カブレとなり、人前をはばからず妻へキスしようとしたり、会社ではレディファーストを命じたり、女子社員のお茶くみ禁止、親しい仲ではニックネームで呼び合うことを新方針として会社に訓示したりします。
 そこから巻き起こる大騒動なのですが、この胡散臭い米国人気取りな社長を演じる森繁が大変に滑稽。
 米国仕込みの英語をやたらと繰り出し、それがまた流暢そうに話しているように見せる仕草がなんともイヤラシイ。
 社長シリーズといえば松林宗恵で、今作を担当した笠原良三による作品は正直イマイチな内容が多いのですが、この『社長漫遊記』は、森繁が持つインテリジェンスな部分と、クスッとくる胡散臭い演技が見事にマッチして、傑作に昇華させています。

 喜劇で不動の地位を築いていた一方、シリアスや人情物にも挑戦し、傑作を生み出しています。

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