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滋賀県勉強会〜『グッド・アンセスター』著者ローマン氏を迎えて〜
滋賀県では、『グッド・アンセスター』を読まれて触発された三日月知事の呼び掛けで、県職員による「よき祖先」をめぐる読書会や勉強会が開かれていて、昨年末には、 北野唯我さんのオンラインサロンとの共同企画でトークイベントも開催され、僕もお声がけいただいた(当日の様子はこちら)。
県を挙げて「グッド・アンセスター」に取り組んでいる滋賀県で、定期的に国内外の有識者をゲストに招いて開催している知事勉強会。2022年はじめの勉強会には『The Good Ancestor』の著者ローマン・クルツナリック氏を迎え、近況のシェアやローカルレベルでの取り組みにかかる意見交換を行った。
ローマンから、英語版の出版から2年が経過した今、世界各地の『グッド・アンセスター』をめぐる注目すべき展開について、政治・法律・経済・文化・教育の各分野について最新情報を共有いただいたので、みなさんにもシェアしたい。
![Mayer of Shiga Mr.Mkikazuki / Mr.Roman Krznaric|左)滋賀県三日月知事 右)ローマン・クルツナリック氏](https://assets.st-note.com/img/1643348280270-hfcxwah6ut.jpg?width=800)
from online Study Meeting of Shiga prefecture (Jan 2022)
◎政治
ここ数年、様々な国や地域で「未来世代を代弁する役割」を担うポジション(いわゆる「未来世代コミッショナー」)が社会の中に設けられ、政治的にもパワーを持った立場として確立しつつある。
英国ウェールズ州における「未来世代コミッショナー」(1名)は、いずれの政党にも属さぬ人物が任命され、公共政策の30年後のインパクトを予測・評価する役割を担っている。
ウェールズの事例を英国全土に広げる活動に私(ローマン)は参画しており、英国における未来世代のウェルビーイングに関する「未来世代法案 [*] 」の作成に携わってきた。まさに今、英国議会は本法案の審議中で、その行方を注目している。本法案について、その一部を紹介したい。
* 未来世代法案(英国)
What is the Future Generations Bill?|Big Issue(2021.11.10)
<英国「未来世代法案」について>
▶︎「未来世代コミッション(委員会)」を設置。ウェールズにおいては1人のコミッショナー(委員)だが、アカウンタビリティを確保するため、英国議会においては8人構成(地域毎の代表者4名+若者4名)による委員会とする。
▶︎「未来世代コミッション」に対して進言を行う、市民による諮問委員会を設置。諮問委員会のメンバーは、ランダムに選出された市民50人とし、正当性を担保するため数年毎にメンバーチェンジを行う。継続した参画を動機づけるため、メンバーには予め決められた回数の参加に対し、僅かながらの報酬がある。
▶︎ こうした手法は、かつてアテネで誕生した民主主義の原点に立ち返る取り組みでもある。
▶︎ 本法案をめぐっては、政治家や活動家などを含め、多様なステイクホルダーが関与しているが、超党派的な(左右に寄らない)内容により、誰もが理解し得る提案となっている。サステイナビリティ、高齢化社会、AIの脅威、パンデミックへの計画etc、各自、それぞれの関心ある視点から「未来世代コミッション」の議論に参加できるのが特徴である。
<法案をめぐる所見と課題>
▶︎ 法案が議会で採択されるか、今後の行方を待ち望んでいる状況だが、たとえ全てが可決されなくとも、こうした長期思考が少しずつでも政治に取り入れられていくことが重要である。
▶︎ 市民集会的な会合を継続的に行うには、経費が高額になる場合が多い。また、委員会の会場にメンバーが揃わないなど、運営面の課題は諸々ある。黎明期ゆえ対応が必要な課題は多いが、新しいことに取り組むとはそういうこと。やりながら乗り越えていく。
▶︎ 市民メンバーを集めるにあたって、ランダムな選出ではなく応募制とする場合、年齢層の偏りが生じやすい。応募者の大半を高齢者が占めることもあり、10代の若者を含む幅広い年代を招き入れる工夫が必要だろう。
欧州では、サステナビリティや未来思考をテーマにした「市民集会」がここ数年如実に増えている。
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◎法律
ここ数年で、未来世代の法的権利を担保する法整備や仕組みづくりを行う国や地域が増えている。例えば、オランダ政府の気候変動に対する不十分な対応について、若者たちが国を相手に法廷闘争を行っている [*1]。また、ドイツの最高裁判所は、未来世代を視野に入れた判決を下し [*2]、パキスタンでは、最高裁での審議において『グッド・アンセスター』やTEDスピーチの内容が引用され、セメント産業は「未来の植民地化」に当たるとして拡大を阻止する判決が下された [*3]。
*1 Climate change: Children going to court to force government action|BBC(2022.1.18)
*2 German top court orders government to set post-2030 climate goals|euronews.green(2021.4.29)
*3 D. G. Khan Cement Company v. Government of Punjab|Climate Change Litigation Databases(2021.4.15)
未来世代のみならず、自然を原告とする法廷闘争も増えている。ニュージーランド [*1]、オランダ [*2] など事例は多い。Embassy of the North Sea(北海大使館 [*3] )という北海の声を代弁するため作られた大使館も存在する。「自然は何を語っているだろうか、その声に耳を傾けよう」という人々の真剣な取り組みが顕著にみられる。滋賀県においても、例えば「琵琶湖の権利はなんだろう」という問いでパブリックコメントを募り、議論してみるのもいいだろう。
*1 自然を原告とする事例|ニュージーランド
Rivers Get Human Rights: They Can Sue to Protect Themselves
*2 自然を原告とする事例|オランダ
A case for granting legal personality to the Dutch part of the Wadden Sea
*3 北海大使館
Embassy of the North Sea(HP)
◎経済
多くの企業が、本書でいう「大聖堂思考」(世代を超えて目標に向かう超長期思考)を取り入れ始めている。ぜひ紹介したい例は、デンマークのエネルギー会社「DONG(デンマーク石油・天然ガス会社)」である。かつてデンマーク政府により設立されたDONGは、社名にある通り石油・天然ガスに依存したエネルギー開発を行なっていた。今から14年前、2040年を目標に化石燃料を脱却し、再生可能エネルギー会社へと移行することを発表。全社を上げて取り組んだ結果、グリーン・エネルギー事業は急成長し、早くも2017年には100%グリーン・エネルギーへの転換を実現した。これに伴い、社名をデンマーク人物理学者の名前にちなんで「ORSTED」 [*] に変更。
* ORSTED HP https://orsted.com/
ドーナツ経済を都市レベルに取り入れる事例も多くみられる(コスタリカ、オランダ等)[*1]。ブータンは、首都ティンプーの「ドーナツシティ構想」(ドーナツ経済学に基づく持続可能な都市)を国家レベルで推進しており、まさに今、実現に向けた会議をブータン王室と行っているところである [*2]。
*1 ドーナツ経済学でつくるサーキュラーシティ、アムステルダム「Circle Economy」[前編]|Circular Economy Hub(2020.2.28)
*2 ブータン王国政府 / GNH(国民総幸福量)委員会
2020-2021アニュアルレポート[該当箇所:p34]
都市におけるドーナツ経済の導入にあたっては、ローカル企業がインセンティブをもって行動しやすいよう、達成可能な短期目標を設定することが重要となる。例えば、アムステルダム市は、2020年にサーキュラーエコノミーへの5か年移行計画「Amsterdam Circular 2020-2025 Strategy」[*] を打ち出しているが、当初2年間の目標は「市の調達の10%をサキュラーエコノミーへ移行する」というもの。実現可能な小さなステップを設定し、企業を含む、市民の積極的な行動を促している。
* アムステルダム市が公表した「サーキュラーエコノミー2020-2025戦略」の要点とは?|Circuular Economy Hub(2020.4.20)
* (原文)Amsterdam Circular 2020-2025 Strategy
地域でドーナツ経済を導入する際、その実行を手助けする様々なツールを「ドーナツ経済アクションラボ/Doughnut Economics Action Lab(DEAL)」[*] が提供している。サイトからダウンロード可能なので、ぜひ参考にして欲しい。
* ドーナツ経済 アクションラボ
Doughnut Economics Action Lab(DEAL)HP
地域のみならず、企業においても、経営にドーナツ経済を導入する試みがされており、日本ではアスクル株式会社、株式会社丸井グループが挙げられる。社会的な取り組みは、地域の企業を巻き込んで協働していくことが、その正当性や推進力を高めるためにも重要だろう。
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![](https://assets.st-note.com/img/1643383734932-c6O9j2OTIT.png?width=800)
◎教育
既に飽和状態にある教育システムに、いかに長期思考を効果的に取り入れるか。私が注目しているのが、カナダの「Roots of Empathy /共感の根」[*] という教育プログラムで、既に世界100万人以上の5−12歳の子どもたちが受けている。プログラムでは、まずはクラスの中心に赤ちゃんを迎え、赤ちゃんの気持ちになって「なぜ泣いているのか/なぜお母さんを見つめているのか」といった共感の体験を身近なところから行っていく。その先に、ファシリテーションに導かれながら、クラスでいじめに合う子どもの気持ち、インドのストリートチルドレンの気持ち、2050年を生きる未来の子どもの気持ちへと共感の幅を広げていく。本プロジェクトは共感・共創力のみならず、数学、言語力、Social Emotional Learning(社会性と情動の学習)と幅広い分野における能力向上をもたらし、子どもたちのメンタルヘルスや社会的包摂性を育む効果もある。
![Roots of Empaty|教育プログラム「共感の根」](https://assets.st-note.com/img/1643346490515-OjgOG8rrZw.png?width=800)
* カナダの教育プログラム
Roots of Empathy(共感の根)
◎文化
新しい発想を社会に持ち込む時には、パブリックカンバセーション(公の対話の場)が欠かせない。最近では、オランダの人口13万人の都市デンボッシュにおいて、住民らが一週間にわたって「よき祖先」について語り合うイベントが開催された [*]。イベントでは、気候変動、テクノロジー、芸術、教育など様々な分野から、現地の大学や専門家、アーティスト等と連携した15の会合が開かれた。社会的インパクトを与えた一例で、私も声をかけていただきトークを行った。
![SHIFT TALK HP](https://assets.st-note.com/img/1643346649501-7wha5SY3I3.png?width=800)
西條辰義氏による日本の「フューチャーデザイン」の取り組みについて語るローマン氏
* 「SHIFT TALKS」2021.11.15-21(オランダ語サイト)
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今回紹介したのは、最近注目すべき事例の一部だが、日本の都市でも実践可能なモデルもここに含まれているだろう。こうした取り組みは、丸ごと社会に取り入れられることがなくとも、部分的に参照されたり、その活動が刺激となって、他地域での新たな取り組みを生み出すこともある。
新しいことが始まる時、既得権益を守ろうとする動きが生じるのは必須である。市民を巻き込む取り組みは、専門家の立場からすれば、自らの発言力や権威を市民に分けることでもあり、協働が難しい場面もある。「未来世代コミッション」では、国や政治家から権力を奪おうとするのではなく、自分達が提示した法案の「実効性について問う」姿勢を大事にしている。その姿勢は法案の中にも明記しており、政府が目標を達成しなかった場合、委員会は政府を相手に法廷で争うことができる。
ここ数十年、世界共通の動きとして、中央集権から地方の市町村へと力が分散し、民主主義のパワーバランスのシフトが起きている。市民集会が増えていることもこの表れであり、更なるシフトを促している。住宅問題、洪水対策、水問題といった社会課題の対応を地方が担うことになり、住民は市民集会を通して、より身近にそうした課題に参画するようになってきた。今は、政治の担い手のRebalancing(再調整)が行われている只中とも言えるだろう。
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「グローバルの課題」について、「グローバルな解決」を待っていても変化は起こらない。できるところから行動を起こしていこう。一つの島があったとする。沿岸部全域を中央集権的に管理すれば、失敗すれば島全体が危機に晒される。千の自治体が分散管理をするならば、10%が失敗しても90%は守られ島は機能する。各々が、それぞれの土地でのローカルチャレンジを積み重ねよう。
欧州の人々のアイデンティティは、もはや国というより都市レベルになりつつある。いよいよ、ローカルレベルでの意思決定プロセスが重要となってくる。スペインのバレンシアでは、これまで300年にわたって、都市部と周辺農地の「水」の分配について、9人の代理人が大聖堂前に集まり意思決定を行ってきた。こうした、ローカルにおける意思決定プロセスこそ大切であり、今後、各地で様々な意思決定の形が生まれていくことを期待したい。
同じ志を持つ離れた都市がつながるために、「The Global Parliament of Mayors/市長の世界議会」[*1] や、気候変動に取り組む97の都市が参加する「C40」[*2] など、様々な方法で世界の都市が連携を試みている。これらが実際に効果的に機能するかは分からないが、サイズ感の近い都市同士がアライアンスを結ぶなどして、積極的に国を超えて知見を共有し、共に社会課題に取り組んでいけるといいだろう。
*1 The Global Parliament of Mayors(市長の世界議会)
*2 C 40
![](https://assets.st-note.com/img/1643349146595-bSVwu4ubLW.png)
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