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祝・新作発表記念 ー首都高バトルの思い出を振り返ってみたー Part.1 「ドリフトキング 首都高バトル」

※okd様の動画のリンクを掲載させて頂きました。皆様もぜひご覧いただければと思います。また、会社名等は敬称略とさせて頂いております。

首都高バトルの新作に向けたプロジェクトが、どうやら密かに進行しているらしい。首都高バトルはご存知の通り、自身にとっての青春に刻まれている思い出の作品であり、多くのユーザーやファンの方々に、今も影響を与え続ける名作でもある。そんな首都高バトルだが、実を言うとXBOX 360で登場した「X(10)」以来、続編のリリースがない。一度だけ、スマホアプリのゲームとして復活こそ果たしたものの、正式な続編としてのリリースというよりは、首都高バトルという名を冠した、課金ビジネスというほうが正しいのかもしれない。

首都高バトルの思い出は語ればキリがないのだが、今回は自身の社会復帰に向けたリハビリも兼ねて、当時の思い出を作品ごとに振り返っていこうと思う。尚、未所有の「首都高バトル外伝 スーパーテクニックチャレンジ」「首都高バトルR」「大阪湾岸バトル」等については割愛させて頂きたい。初回ということで、今回は初の3D版としてプレイステーションでリリースされた「ドリフトキング 首都高バトル」について触れていこうと思う。

首都高バトルに初めて触れた作品として多く挙げられる印象が強いのは、ドリームキャストでリリースされ、実質的にシリーズの礎と人気を地固めした「首都高バトル」ではあるのだが、自身は小学2年か3年生辺りに、PS版よりシリーズに触れ始めることになった。この作品はサブタイトルでも示唆されている通り、ドリフトキングとしての異名を持ち、世界中で人気を集めている土屋圭市氏と、その氏との関係が深く名チューナーとしても名高い、現・GTアソシエーションの社長を務める坂東正明氏が監修として携わっており、後にシリーズにおいて基礎となるシステムの先駆けのような要素こそあれど、基本的には別の作品としての印象が個人的には強い。

オープニングではS14シルビア(本編未収録)を颯爽と駆る土屋氏のドリフト映像がフィーチャーされ、終盤では如何にも「親分」という出で立ちの坂東氏との2ショットで締めくくる。当時はドリキンかっけー!的なノリで茫然と眺めていたが、今思えば非常に貴重な映像資料でもあるから、仮に元気株式会社に映像資料が現存していたら、諸々著作権や肖像権等の問題はあるとは思うのだが…次作に映像アーカイブとして保存いただければ本当に有難い。下段の動画は該当のOPだが、PS版が現時点で見つからなかったので、右下の追加ロゴ以外はほぼ同一のセガサターン版を掲載させて頂く。

※Lunchibox360様の動画より掲載させて頂きました。

小学生の時に眺めた際には、どこのコースかも分からないまま、ただただリッジレーサーに登場するようなドリフトを現実に披露してしまう、グラサンの渋オジに憧れを抱くばかりであったが、舞台は皆さまお馴染みの「筑波サーキット」である。無駄がなく、それでいてエレガントなドリフト走行は本当に今見ても激渋すぎて惚れこんでしまうが、残念ながらサーキット自体もS14自体が確か未収録であったために、ゲーム内で再現することは叶わなかった(後に筑波サーキットは「外伝」に収録された)

ちなみに、お二方はOPに留まらず、ゲーム中でも様々な場面で登場されるが、そちらについては一つ一つ触れていくと、時間がいくらあっても足りないので割愛させて頂きたい(笑)ただ、持ち前のタレント性ゆえにカメラ慣れされて余裕すら感じられる土屋氏と比較して、個人的に坂東氏のカメラに不慣れな頑固オヤジのツンデレ(?)ぶりが、結構当時から印象的だったのは覚えている…リッジレーサー4のエンキの叔父貴みたい(笑)尚、起動後にタイトル画面に入ってしまうと、2度と同じOP映像は再生されなかったのも、デモ画面を密かに楽しんでいた当時の自身としては「衝撃的」であった…(※プログラミング上の問題か不備であったらしく、SS版では改善されている)

ということで、いよいよゲーム本編に触れていこうと思うが、このゲームを小学生なりに初めて遊んだ際に感じたこと、それは…

「とりあえず、このゲーム難しくない…?」

初期に選べる車種は確か3種類で、ホンダ・シビック、トヨタ・スプリンタートレノ、そしてユーノス・ロードスターであったと思う。他にS13シルビアもあったような気はするが…ちなみに、ロードスターについては、こちらのアカウントにおいても大変お世話になっているBBBさんが、シリーズにおける「ある決定的な事実」を鋭く解明されており、それが非常に興味深いものとなっているので、そちらの動画も併せてお楽しみ頂きたい。

ということで、恐らくグランツーリスモにおいても最初に選ぶことになるであろう、3種類の小型車を自由に選択できる段階からゲームは始まるのだが、ATとMTで段数が異なる点も含め、実車への再現への拘りが随所に溢れる本格派の印象が非常に強かった。

チューンアップも細かなパーツの要素を実際に購入して進めていくのだが、これは正直言って小学何年生の小童には余りにチンプンカンプンで…当時は適当に「マフラー」や「タイヤ」をとりあえず変更するような感じで進めていたと思うが、どれだけチューニングを進めても、既存の車種では何故か180キロ以上が出ないことに苦戦してしまい、当時はリミッターカッターの存在を全く知らなかったので、それだけで進行が躓いてしまっていた…それもまぁ、今となってはいい思い出ではあるのだろう(笑)

要するに「グランツーリスモに先駆けた」本格シミュレーター的な理想を持つ作品でもあったのだろう。確かに子供の自身が触れるには早すぎたのかもしれないし、逆にこのゲームを通じて自動車のあれこれを知ることになっていたら、それはそれで違う人生も待っていたのかもしれない…いや、そこまでではないか(笑)

そして、走行時の操作性も実は結構シビアであった記憶が強い。そもそも、ドリフトキングという冠が付けられているにもかかわらず、この作品ではドリフト走行に持ち込むこと自体が結構難しい。むしろ、リッジレーサーのようなドリフトに慣れてしまっている小学生にとっては、少しスライドさせてしまうと壁ドンまっしぐらという感じで、ドリフトを愉しむような余裕などほぼ皆無であった記憶しかない。

かといって、グリップ走行でもライバルを凌駕するのは中々難しく、コース幅自体はゲーム性が考慮されて広めに作られているものの、「アザーカー」の処理が意外に厄介だったのも忘れられない。何より、入門編のパートが終了すると格段に敵車のレベルが上がったのも、先を進めるには結構しんどい印象が強かった。

…実を言うと、このゲームは初級編辺りで完全に挫折してしまったゲームである(笑)というか、これまで自身が遊んだ中でも全クリに程遠いまま、何となくフェードアウトしてしまった指折りの作品でもある。なので、大ボスが土屋氏であったことは大人になってネットで調べて初めて知ったし、登場車種もほとんど触れることのないまま終えてしまったので、こんなに色々と遊べたのかと後年羨ましく思うほどであった。

そう、そのドリフトキングその人も例外ではなく、ゲームを彩る「ライバル」たち…この作品ではなんと真人間の実画像が用いられている!(笑)どのような形で画像が採用されたのか、どのような方々がモデルとして選ばれたのか、その背景は(自身の知る限りでは)謎に包まれているものの、とりあえずガチの「人」なのである。当時のスタッフの皆様かもしれないし、知り合いの走り屋の方々とか、あるいはショップの方々なのかもしれない。それぞれに「あだ名」が付与されており、もちろん女性キャラも登場する。何より、彼らは主人公たる我々プレイヤーに台詞を発するのだが、その感じはアプリ版の「首都高バトルXtreme」で事実上リブートされていたのも、今思えば運命的なものを感じてしまう。

自身は「イオ」というライバル辺りまでは覚えているが、それ以降は完全に挫折してしまったので、もう少し挙動に慣れ親しむことができれば、様々な個性豊かなライバルたちに遭遇することができたのだろう…もちろん、ボスであるドリフトキングその人にも。

他、作中で流れるBGMには好印象であった。フュージョン調の曲から、ギターがゴリゴリ鳴り響くロックまで、当時の90年代の音楽を感じさせるソレは、今聴いても懐かしい気持ちにさせてくれる。調べてみたら、サウンドトラックもリリースされていることを知り、休職中…もとい求職中の身でありながら物欲を掻き立てられてしまう…非常に危険だ(笑)

話を戻して…そうした挫折の経緯があったので、後に続編たる「首都高バトルR」も、あるいは外伝としての「大阪湾岸バトル」も、実を言うと購入してじっくり触れることのないまま、ドリームキャスト版が発売される前後である中学生を迎えてしまい、実質的に一度シリーズからは離れてしまう空白期間が生まれることになる。「R」については実は少し興味はあったものの、当時はレースゲーム全盛期であり、故に多くの魅力的な作品が鎬を削る時代であったため、優先順位は残念ながら低かったのだろう。しかしそれから数年後、「人生でも決して忘れられることのできないほどに、自身に深く刻み込まれる作品」に遭遇することになる…。

ということで、今回は簡単に「ドリフトキング 首都高バトル」について触れていきました。次回はいよいよ、ドリームキャストで鮮烈なデビューを果たしたあの作品について触れていきます…!

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