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連載/デザインの根っこVol.10_原田 真宏(前編)

 建築家やインテリアデザイナーにインタビューを行い、衝撃を受けた作品などのインプットについて語っていただく連載「デザインの根っこ 」。今回は「商店建築」2019年3月号掲載、原田真宏さんの回(前編)を公開します。

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形の裏にある抽象化のプロセスを見る

 僕は普段ものを見る時に、デザインの為のインプットとしようとか、アウトプットにつなげようといったことは考えません。言い換えると、あるでき合いのスタイルを探したり、それが使えるかどうかを考えないということです。アイデアを出す時は既存の形、特に表現したいものに近いものを頭に入れないようにして、環境の情報をひたすら蓄積して、結晶化するのを待ちます。

 僕が感銘を受けるのはものそのものよりも、それが持つ世界観や背景がある形に行き着いたという、抽象化のプロセスです。例えばイスのデザインは、「適所性」で考えられています。木にしても金属にしても、それぞれの素材がなりたがっている状態を探り、それがその時の経済や環境、文化的背景と相まって形になるのです。背景は目に見えませんが、そういった定量化できない、機微のような情報の蓄積を土壌として形が生まれるのです。

 1980年から90年代前半までは、建築家の作家性は形と連動していました。異なる敷地や条件でも同じ形や素材のデザインを反復するというようにです。私はそうは考えず、有象無象の多様な、複雑な世界を抽象化して形をつくるというプロセスそのものに作家性があるべきだと思うのです。そのため僕にとってインプットもしくは参考となるのは、形の背景に居る、抽象化している存在を感じた時だとも言えます。

「それ以外」を内包する形

 家具と同様に、フォントや文学にも世界観があります。森鴎外の小説『高瀬舟』は、「文字でつくった建築」だと思います。文学世界が持っている、ストーリーや文体から空気感や環境が立ち現れるというのは、建築と同じではないでしょうか。高瀬舟にはしっかりとした言葉の構築性があり、同時に情緒や透明な論理とも言えるものもある。構築性と言っても硬くはなっていない。ある種、人間がつくった世界の到達点だと思っています。参考になるのは、そのきめの細かさや声の大きさです。建築でいうと、最終的には形に到達しないといけませんが、形で終わってしまってもいけません。それ以外の世界を内包することが必要で、つくるもののサイズは関係ありません。いつか『高瀬舟』のような建築をつくってみたいですね。

『山椒大夫・高瀬舟』 森鴎外(1968年発行)/新潮社

動機を超えて自然の理に行き着く

 船は、僕が最初に憧れを抱いたオブジェクトです。父が船の設計をしていたため、よく試運転に乗せてもらいました。その時に、陸から見上げた、白くて大きな、Rがかったタンカーのボディー、沖に出て徐々に街が小さくなり、周囲が360°水平線だけになった時の完全さの感覚は、今でも覚えています。しかし、船は小さな僕にとって「かっこいい」のに戻ってきた街は「かっこよくない」(笑)。船のようにかっこいいもので世界ができたら、と素朴に考えていました。なぜそれ程引かれるのかと考え、大学生の時に気付いたことがあります。船は輸送などの目的で、つまり人間の経済活動を動機につくられますが、できたものはそれを超えて自然の合理性にかなっていなければなりません。周囲全方向から吹く風や波、嵐に耐えなければならないからです。つまり社会の合理性から始まり、それを超えて自然の合理性に行き着くのです。僕はそういう建築をつくりたいと思っています。(次回後編へ続く)   〈談/文責編集部〉

はらだ・まさひろ/1973年静岡県生まれ。97年芝浦工業大学大学院修了後、隈研吾建築都市設計事務所や磯崎新アトリエなどを経て2004年に原田麻魚と共に「マウントフジアーキテクツスタジオ」 設立。最近の仕事に「道の駅ましこ」(17年11月号)や「松栄山仙行寺 沙羅浄苑」(19年3月号)など
※内容は商店建築2019年3月号発売当時のものです。

紹介作品一覧

1.『山椒大夫・高瀬舟』
森鴎外(1968年発行)
出版社:新潮社
2.タンカー

掲載号の「商店建築」2019年3月号はこちらから!


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