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連載/デザインの根っこvol.05_元木大輔

 建築家やインテリアデザイナーにインタビューを行い、衝撃を受けた作品などのインプットについて語っていただく連載「デザインの根っこ 」。今回は「商店建築」2018年10月号掲載、元木大輔さんの回を公開します。

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強いコンセプトが飛躍を生み出す

 私は読んだものや見たもののほぼ全てから影響を受けています。その上で印象的なものをいくつか挙げるなら、スタンリー・キューブリック監督の映画「時計じかけのオレンジ」でしょうか。初めて観たのは高校生の時で、彼の代表的な作品はその時に一通り鑑賞したのですが、そもそも映画があまり好きではなかったため、心には残りませんでした。ところが、建築家として働き始めてから改めて観ると、とても面白く感じた。観る側のリテラシーが上がることで捉え方が変わったのです。

 もともと私は、祭りや葬式など「セレモニー」が好きでした。葬式では、お坊さんが装束を着て、空間と一体となった彫刻がある。そこによどみなくお経が流れ、決められた作法が行われる。ある種の「お約束」の下、トータルにデザインされた儀式はインスタレーション的で、そこに強く惹かれていたのです。

 キューブリックの作品にも同じ「セレモニー性」を感じました。明快なコンセプトがあり、役者や音楽、メイクもそのために動く。全体を通して隙がなく、一つの作品としてデザインされた強さがあります。「時計じかけのオレンジ」の主人公は片目にだけ下まつげを付けた特徴的なメイクをしていますが、これはメイク担当のバーバラ・デイリーが考えたもので、主人公の異様さや、映画のテーマともつながる「歯車」を表現しています。人間を機械仕掛けのように矯正するというストーリーの下、このメイクが発明されたのです。コンセプトとは、言い換えると「何がしたいか」ということ。したいことが明確であるからこそ発見や飛躍が生まれるのです。

時計じかけのオレンジ/監督:スタンリー・キューブリック


「やりたいこと」を実現する高い技術

 同じことは音楽にも言えます。私は3歳から17歳までバイオリンを習っており、音楽は「上手に弾くことが楽しい」と思っていました。しかし高校生の時にパンクロックと出合い、「下手な方が格好良い」こともあると知ります。そしてミュージシャン、ジョージィ・フェイムの「Seventh Son」という楽曲を聴いた時に衝撃を受けました。非常にポップな楽曲なのですが、よく聴くと7拍子という変則的なリズムで構成している。高度なテクニックが、「楽しむ」というシンプルなコンセプトのために用いられているのです。

Seventh Son/ジョージィ・フェイム


解像度を上げると純粋な要素だけが残る

 最後が、劇作家の別役実さんによるエッセイ集「日々の暮し方」です。取るに足らない日常の出来事について述べているのですが、書かれている内容は「コンセプト至上主義」とも言えます。例えば「読書」と題したエッセイでは、正しい読書の方法として、「本に書いてある意味が入ってくると読書の邪魔だから、ぬるま湯に浸かりながらラジオでサッカー中継を聴き、さして小難しくない本を読む。サッカーの試合結果も分からず、本の内容もまったく残らないまま本を読んだ充足感だけが残る」状態が正しいとしています。読書という行為から、考えることや感想を抱くことを取り除くと、レトリック的に「読書」だけが残るのです。一見くだらないことにも取れますが、ものを見る時の解像度を上げることで純粋な要素だけが残る様を描写しています。

 私はたくさんのことから影響を受けてきましたが、面白いと思うものには「コンセプトが明快である」という共通点があります。コンセプトという道標が明快だからこそ、ドライブが生まれる。その点に魅力を感じます。〈談/文責編集部〉

日々の暮し方/別役 実


もとぎ・だいすけ/1981年埼玉県生まれ。2004年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業後、スキーマ建築計画勤務。10年Daisuke Motogi Architecture(現DDAA inc.)設立。最近の仕事に「DAPPLED HOUSE」(18年5月号)や「NIKE ATELIAIR」会場構成(18年5月号)など
※内容は商店建築2018年10月号発売当時のものです。

紹介作品一覧

1.『時計じかけのオレンジ』(1971)
監督:スタンリー・キューブリック
配給:ワーナー・ブラザース
2.『Seventh Son』
ジョージィ・フェイム(1969)
3.『日々の暮し方』
別役 実(1994)
出版社:白水社

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