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人の心理から考える人権問題

 久しぶりに生涯学習センター主催の講座を受講する機会に恵まれた。今回は、名古屋大学大学院教育発達科学研究科の五十嵐佑(たすく)准教授による「人の心理から考える人権問題」を受講。人のステレオタイプ的な思考や他者を見る際のバイアスについて学ばせていただいた。

 最初に、以下のエピソードに違和感を感じるかどうか、不思議な点はどんなところなのか問われる。
 「ドクター・スミスは、アメリカのコロラド州立病院に勤務する腕利きの外科医である。仕事中は常に冷静沈着、大胆かつ慎重で、州知事にまで信望が厚い。ドクター・スミスが夜勤をしていたある日、緊急の外来の電話が鳴った。交通事故のケガ人を搬送するので執刀してほしいという。父親が息子と一緒にドライブ中、ハンドル操作を誤り谷へ転落、車は大破、父親は即死、子どもは重体だと救急隊員は告げた。20分後、重体の子どもが病院に運び込まれてきた。その顔を見てドクター・スミスはあっと驚き、茫然自失となった。その子どもは、ドクター・スミスの息子だったのだ。」

 ここであえて答えは書かないが、私もワークショップで時々使わせていただく「人のステレオタイプ的な思い込み」の好事例だ。

 人は固定観念に縛られ、つい典型例から考えてしまうところがある。人はあるカテゴリー集団について、固定化されたイメージを抱いてしまう。これがステレオタイプであり、出身地、人種、性別、職業など、あるカテゴリーに属する集団に典型的な特徴を、特定の個人にもあてはめてしまう。たとえば、名古屋人ステレオタイプで例をあげれば、赤味噌好き、ドラゴンズファンとなり、大阪のおばちゃんステレオタイプで例をあげれば、ヒョウ柄が好き、阪神ファン、しゃべり好きとなる。これが組み合わさるとさらに複雑になる。ハワイ出身のアメリカ人といえば「陽気でおしゃべり」、北国出身の日本人といえば「無口でおとなしい」といったところだが、これはあくまでもイメージであり、もちろん全くあてはまらない「名古屋人」「大阪のおばちゃん」「ハワイ出身のアメリカ人」「北国出身の日本人」は存在する。

 内集団と外集団についても学んだ。内集団とは、自分が所属するカテゴリー集団で、外集団とは、内集団以外のカテゴリー集団を指す。五十嵐准教授は内集団と外集団を「われわれとあいつら」と表現されていた。外集団均質効果とは、外集団の成員をステレオタイプ化し、均質な集団だと考えやすいが、逆に、内集団の多様性は高く認識されることをいう。平たく言えば、外集団の細かな違いはまったく気にしないが、内集団の細かな違いをとても気にする傾向にある。外集団からすれば、たとえば、他県の人から見れば、愛知県民はみんな河村たかし市長のような名古屋弁を話す、たとえば、欧米の人から見れば日本人は中国人や韓国人と同じアジア人だということになる。しかしながら、内集団からすれば、たとえば、同じ愛知県民でも、自分は尾張地区の名古屋市民で、昭和区に住んでいるということにこだわる傾向がある。たとえば、アジアにおいては、日本人、中国人、韓国人は互いに異なるので、一緒にしないで欲しいと思ってしまう。内集団に対する「ひいき」のようなものが生じ、人間は内集団に所属する他者を、外集団に所属する他者よりも好意的に評価する傾向があるということだ。

 五十嵐准教授は白人と黒人の間に生じるステレオタイプを説明するのに、アマドゥー・ディアロ射殺事件を事例として紹介してくださった。              
  「1999年2月4日の早朝、ディアロは、食事から戻り自宅近くでたたずん    
 でいた。そのときに、近くを通りかかった4人の私服の白人警官が、彼の
 容貌が手配中の連続強姦犯人に良く似ているように見えたため、彼を取り 
 調べようとした。
  白人警官たちの主張によれば、彼らは大声で自分たちが警官であること
 をアピールした後、身体検査を行うので一歩も動かないように命じた。し
 かしディアロは、彼らの警告を無視し、ポケットに手を突っ込んだ。白人
 警官達は、ディアロが銃を取り出して自分たちを撃とうとしていると判断
 し、自分達も即座に発砲した。
  白人警官達は合計で41発の弾丸を撃ち込み、うち19発がディアロに命
 中。ディアロは即死した。その直後、警官達はディアロがポケットから何
 を取り出そうとしていたのか調べたが、彼のポケットには銃はなく、財布
 しか入っていなかった。」

 白人警察官はステレオタイプ的に黒人を危険だと考えている事例だ。
 ある実験で、参加者(白人大学生)は警官の一人を演じた。実験室のスクリーンには20のシーンが映し出され、参加者はスクリーンに「武器を持ったターゲット」が現れたときだけ手にした銃を撃つように求められた。
   <実験のデザイン>
     * ターゲットの種類
        ・人種 :白人および黒人
        ・持ち物:武器(ピストル)か携帯電話
     * 実験ではターゲットごとの射撃ミスの割合を分析
        ・パターン1: 武器を持たない人を撃ってしまった
        ・パターン2: 武器を持つ人を撃たなかった
   <実験の結果>       
     * 武器を持たない黒人は白人よりも撃たれやすい
     * 武器を持っている白人は黒人よりも撃たれにくい
     * 白人は白人を撃たない

 「女性は自然科学が得意でない」
 実際のところ、自然科学分野に女性の学生は少ない。かつて、ハーバード大学の学長が「自然科学分野に女性が少ないのは、生得的な要因によるもの」と発言し、バッシングを受けて辞任。

 統計データに基づいた合理的判断によって結果的に生じる差別を統計的差別と言う。自然科学分野に男性が多いというデータ(事実)に基づくと、自然科学を学ぶ女性は減ってしまう。自然科学分野の求職時に女性が不利になる可能性が高まる。自然科学を学ぶ女性は変わっているという見方が生じ、差別を行う意図がない場合にも合理的判断が差別を助長する。自分の社会的カテゴリーについてのネガティブなステレオタイプが脅威として働き、そ   
のステレオタイプに合致するように行動が変化することをステレオタイプ脅威と言うが、自然科学の分野に女性が少ないのは、能力が低いからではなく、ステレオタイプ脅威の影響かもしれない。

 私たちが他者を見るときには、必ず何らかのバイアス(ゆがみ)が入ってしまう。ステレオタイプを用いることで、効率的な判断が行える一方、ステレオタイプの影響をきちんと考慮しなければ、誤解につながる可能性もある。大事な場面では、自分の知識をうのみにせず、きちんと相手を観察することが重要である。イメージだけだと誤解を生みやすいため、相手を知る努力が必要となる。集団メンバーがお互いに自己開示し、自分たちの重要な一面を見せあうことが重要であり、量と質がともにすぐれた接触は集団間不安を低める。ステレオタイプを低減するには、異なる集団の成員が接触を通じて、共通の利益と人間性を知覚できるようにすることが大切だと教えていただいた。


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