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動物福祉とは? 5つの自由とその歴史

 名古屋駅近くの高級マンションに住んでいる女性が2匹の子犬を散歩している姿を見かけた。その女性の行動を遠めに見ながら、あとからそのマナーの悪さに驚愕することになった。自動販売機に設置されたペットボトルのリサイクルボックスに何かを入れていた。その女性が自販機のリサイクルボックスに入れていたのは子犬の大便だった。その高級マンションまで100メートルもないのにその女性はなぜそのような行動に及んだのか、理解できない。高級マンションに住みながら、自販機に大便を捨てるマナーの悪さは看過できない。その女性がいかにお金持ちであろうとも、マナーという意味で犬を飼う資格があるのか疑問に思う出来事だった。

 動物と共に暮らしている、または動物に携わる活動や仕事をしている際、動物の保護者や飼養管理責任者として配慮しなければならないのが、「動物の生活の質は担保できているか?」、もっと砕けた言い方をすれば「動物は幸せか?」という点であろう。この点を客観的かつ科学的に評価できる考え方として、「動物福祉」という概念が台頭し、最近では日本でも徐々に定着しつつある。

 動物福祉とは、動物の心身の健全さ、そして動物の様々なニーズが満たされているかについて、科学的に検討するための概念である。国際的に使われよく知られている指標には、「5つの自由 (The Five Freedoms)」というものがある。これは、動物のニーズを5つのポイントに分類してわかりやすくまとめたものである。

 5つの自由が提唱されたきっかけは、1960年代に、畜産動物を狭い場所に閉じ込め大量生産し、効率化と生産性を求めた「工場」のような生産体制について、市民より動物たちへの配慮を求める声が上がり、イギリス政府が畜産動物の福祉について調査・検討するための委員会を発足したことにある。1965年に、委員長のロジャー・ブランベルを筆頭に、委員会が提出した畜産動物の福祉に関する報告書、通称「Brambell Report」において記載されていた動物のニーズにかかわる文章「An animal should at least have sufficient freedom of movement to be able without difficulty, to turn round, groom itself, get up, lie down and stretch its limbs」が起源であり、これが後に畜産動物福祉審議会(現在は畜産動物福祉委員会)に代わっている)により拡大され、動物の主要なニーズ五つを列挙した現在の形の「5つの自由」に発展したのである。

 現在では、この5つの自由の概念は、イギリスやニュージーランドなど、外国の動物関連の法令にも飼養管理者が担保すべき動物のニーズとして落とし込まれていたり、国際機関などに動物福祉の指標として採用されたりしている。まさに国際的な動物福祉の指標としてスタンダードとなっている概念であり、理想的には、その誕生のきっかけとなった畜産動物や私たちの身近なペットなどはもちろん、実験動物、展示動物、そして使役動物など、私たち人間が飼養管理下に置いているすべての動物の福祉の評価に用いられるべき動物の基本的なニーズについて考える枠組みなのである。

 動物福祉の5つの自由は次の5項目により構成されている。

1.飢えと渇きからの自由
 動物に適切かつ栄養上十分な食事と、適切かつ新鮮な水が与えられているか。例えば、夏の暑い季節に犬を外飼いしており、苔むしたボウルに汚れた水がわずかしか入っていない状況に遭遇した場合、この「飢えと渇きからの自由」が満たされていない状況であると言えよう。

2.不快からの自由
 動物が不快にならない環境が提供されているか。気温、湿度や床材等々、動物にとって適切な環境が整備されているか、また動物が雨風などの悪天候から身を守るための隠れ場所があるか、そして動物が置かれている環境において動物にとって物理的危険を及ぼす物が置かれていないかなどが含まれる。例えば、実験動物の管理施設や触れ合い動物園などの展示施設の中には、ワイヤーメッシュの床の動物舎の中で動物が飼養管理されている場合があるが、ワイヤーメッシュの床は動物にとってあまり居心地の良い場所ではなく、動物が過ごせる場所がこのような床材のみの場合、特にげっ歯類などは足の裏を損傷してしまうことがあり、「不快からの自由」が担保されない状況になってしまう。

3. 痛み、傷害、病気からの自由
 病気や怪我の予防や健康管理が適切にされているか、さらには万が一病気や怪我が疑われる場合、適切な獣医療を提供しているか。例えば、いわゆる多頭飼育崩壊と呼ばれるアニマル・ホーディングの現場では、複数の動物がネグレクトされ、怪我を負ったり病気にかかっていたりする動物も適切な獣医療を受けることができず放置されている場合が多々ある。これは、「痛み、傷害、病気からの自由」を満たしていない状況である。

4. 恐怖や抑圧からの自由
 動物にストレスや心理的不安がかかっていないか。例えば、家庭内暴力とペットの虐待は同じ家庭で連動しているリスクが高いとされているが、動物が直接暴力の連鎖に巻き込まれなくても、絶え間なく暴力が発生している環境に身を置くことが動物の精神的な負担となっていることを指摘する研究者もいる。ドメスティック・バイオレンス(DV)と動物虐待の連動性の研究の中には、DV被害者の実体験として、犬を連れて家庭内暴力から逃げ出しあと、犬がストレス性の皮膚疾患を発症し、安楽死を考えるまでにひどい症状が続いたなど、暴力が蔓延する家庭においてペットが不安やストレスなどの精神的な負担を被っていることを示唆する点が報告されている。このような状況においては、「恐怖や抑圧からの自由」が担保されていないことが推測できる。

5. 正常な行動を表現する自由
 動物が本来自然に展開させる行動を表現できるような適切な環境や空間が与えられているか。これには、本来単独行動する動物、群れで行動する動物など、動物本来の社会的環境も含まれる。例えば、鶏は皮膚や羽についた寄生虫などを落とすために砂浴びする習性があるが、前述した「工場畜産」においては、採卵鶏はバタリーケージという狭いケージの中で飼養管理されており、砂を与えられておらず、この本来展開するはずの行動を表現できない環境下に置かれている。このような状況は、「正常な行動を表現する自由」が満たされていない状況の一例と言えよう。

 動物園・水族館などの動物の展示施設、実験動物施設、畜産の現場や動物保護施設など、複数の動物を専門的に管理しなければならない現場における動物のプロにとっては、より視野の広がる視点かもしれない。

2018年9月22日筆者撮影 ソマリノロバのさくらちゃん

 名古屋市にある東山動物園は、絶滅危惧種に指定されている動物が多く飼育されている。動物たちが絶滅の危機に瀕していることを訪れた人々にわかりやすいようにガイドしているという意味では素晴らしい取り組みだ。動物福祉的な視点から見てどうなのかは難しいところだ。
 東山動物園には日本国内には1頭しかいないソマリノロバがいたが、2019年7月30日に亡くなり、国内でソマリノロバに会うことが叶わなくなった。このソマリノロバはいつも寂しそうな表情をしていた。絶滅危惧種で国内に1頭しかいないロバだと知ってからは、このソマリノロバのさくらちゃんに会いに行くのが楽しみだった。訃報を聴いてショックだった。しかしながら、さくらちゃんの福祉という観点から考えると、ひとりぼっちだったさくらちゃんが幸せだったとは言えないのかもしれない。
 (最初の画像:東山動物園のホームページより転載)


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