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ナウシカからの学び

「そのもの、青き衣をまといて、金色の野におりたつべし。失われし大地との絆を結び、ついに人々を青き清浄の地に導かん。」

 『風の谷のナウシカ』…スタジオジブリが初の劇場用長編アニメーションとして製作した今作は、1984年に公開されて以来テレビでも度々放映されている。一度は観たことのある方が多いのではないだろうか。

 物語の舞台は、「火の七日間」と呼ばれる最終戦争から1000年後の世界である。巨神兵を初めとした最新のテクノロジーを駆使した激しい戦争の結果、巨大な産業文明は崩壊し、その結果荒廃した世界は、やがて「腐海(ふかい)」と呼ばれる瘴気(しょうき)を発する菌類の森に覆われる。そんな世界の中で主人公のナウシカが暮らす「風の谷」は、酸の海から吹く風の力によって瘴気から守られていたのどかな地だったが、そこもやがて軍事国家トルメキアの侵略により、環境バランスを崩していく。

 また、腐海には王蟲(オウム)をはじめとする蟲(ムシ)たちが生息しており、その恐ろしい見た目から人間たちの生活を脅かすと忌み嫌われていたのだが、ナウシカただ一人だけは全ての生物を慈しみ、共存の道を探す。ナウシカの世界における瘴気は、土地だけではなく人々の身体を内側から蝕むため、比較的のどかに思える風の谷の人々でさえも、その影響を受けていることが劇中で示唆されている。人間にとって、腐海は5分で肺が腐ってしまうほどの環境だ。マスクなしで人間は生きられない。この点は、チェルノブイリや福島の原発事故による放射能汚染あるいはコロナウイルスが到来したばかりの頃をのことを彷彿とさせる。しかしながら、やがて腐海には世界を崩壊させる力ではなく、人類によって汚染された大地を浄化し、再生させる力があるということが分かる。

 現実世界でも人類は急速な経済成長と引き換えに大気汚染を招いたり、人間以外の生物を粗末に扱ってきたりと、ナウシカの世界を彷彿とさせる歴史は確かに存在する。そして今なお、ロシアのウクライナ侵攻をはじめとして戦争を続けている国や地域がある。

 人類の歴史を省みた上でナウシカを観ると、一部の人類の利益優先で進化する文明の危険性、境遇の異なる民族とも対話することの重要性、そして人間だけではなく他生物の命も慈しみ、共存することの大切さを教えてくれる。

 近代社会の歴史は、そのまま開発の歴史である。原生林や静かな農漁村に、ある日突然外部の人間たちがやって来て、木を切ったり工場を建てたりしはじめ、あれよあれという間に自然が失われ、街や工場ができ、環境が破壊されていく。少なくとも産業革命以降、各国が近代化の途上で、国内やその植民地において繰り返してきたことだ。日本に置き換えて考えると、ほんの100年前まで、熊本の水俣や工業都市の川崎・四日市は静かな漁村であったのだが、今や世界に名を知られた水銀汚染や大気汚染の街として認知されている。
 問題は、これまでの開発の多くがもっぱら人間の科学と技術の成功物語として記録され、それによって何が失われたかについてはほとんど関心が払われてこなかった点だ。

 1992年、リオデジャネイロで開催された環境と開発に関する国連会議(環境サミット) に集まった世界の指導者たちを前に、12歳の少女、セヴァン・スズキが行ったスピーチは「伝説のスピーチ」として今も語り継がれている。「どうやって直すのかわからないものを壊し続けるのは、もうやめて」「すべてを持っている私たちがこんなに欲深いのは、一体どうしてなのか」。子どもの立場から大人の欺瞞を鋭くえぐった彼女の言葉に胸を打たれた会場のすべての人が拍手喝采したのだが、30年以上も無策なまま放置してきたすべての国のトップの責任が問われる。2030年までの目標達成をめざすSDGsでさえも遅きに失した感は否めない。

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