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【短編戯曲】踊れない(第1回呆然戯曲賞応募)

【登場人物】
男・・・20代半ば。ダンサー。長身、痩せ型。長髪、髭を蓄えている。
先輩・・・故人。30代前半。ダンサー。女性。
彼女・・・20代後半。男の元彼女。女性。
あいつ・・・男と同い年。友達。

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 舞台上はベッド一つのみ。
 男がベッドの上で布団に包まって蹲っている。

男 布団に包まって動けない僕はこんな、部屋の床が痛いほど冷たくて、外なんて氷河期で、人なんて数十年も現れなくて、お店なんて当然閉まってて、歩道なんて雪で埋もれて歩けない中で、どうやって生きていけるだろう。
寒すぎるし、そもそも布団から一歩も出られない。
こんな状態で人は、結局踊れない。

 男は懐からスマートフォンを取り出して、眺める。

男 もともと僕はダンスを踊ってた。人の前で、カメラの前で、気の置けない仲間の前で、いつも変なダンスを踊ってて、変なことしてるねって言われたり、言い合ったりしていた。
狭いワンルームの、ベッドの布団に包まってやることといったら、スマホを見るくらいしかない。そういえば先週、僕にお酒を教えてくれた先輩の女性ダンサーが、突然亡くなった。

 先輩が、男の目の前に立つ。
 
男が、スマートフォンから目を離して先輩を見る。

男 死ぬ直前先輩は、ダンサーみたいな表現で飯を食っていく人が、自分の家で身動きを取れず引きこもっていることの辛さをSNSでつぶやいていた。
先輩の死因は正直分かんない。一部ひどいコメントが付いてて、例えば「自業自得じゃないですか?」とか、「勝手に一人で死んでください」とか……だけど別に、そんな奴らに簡単に潰されてしまったわけじゃないと思う。
最後の投稿は文末に「ごめんね」って書いてあった……きっと先輩は、ごめんね、っていう気持ちが溢れて、耐えられなくなったんだと思う。
あぁ、死んだ先輩の言葉見てたら辛くなってきた。

 先輩、立ち去る。

男 僕の心は先輩のことで満ち満ちていて、これ以上考えてしまうと、溢れそう。
なんか、キレイな景色の写真とか見よ。

 男、スマートフォンを再び持って、画像を検索する。

男 オーストラリアのグレートバリアリーフ、ハミルトン島は、珍しいハートの形をした島。前の彼女がハネムーンに行きたいねって、ハミルトン島の写真を見せてきたことがあった。

 彼女が、男の目の前に立つ。
 
男が、スマートフォンから目を離して彼女を見る。

男 自分はその時海外とかあんま興味なくて、踊りに夢中だったから生返事しちゃったけど。というか、ハネムーンとか、結婚とか、全く想像出来ていなかった。
彼女のことを愛していた。彼女も、こんな甲斐性のない僕を、いつも優しくキスしてくれた。僕もそれに応えた。それ以上のものをあげたいと思って、そうした。だから、きっと僕のこと愛してくれていたに違いない。
僕は、これからのことなんてどうでも良かった。今が、溢れていた。だから冷めたとき、いや、冷めたんじゃなくて、自分たちのことよりも、ダンスの方が僕の中で大きくなったんだ。彼女は僕のやることも応援してくれていた。だから、別れようって言った時も、「がんばって」って、笑顔で受け入れてくれた。でもちょっと、寂しそうだった。そのままずっと一緒にいたら、彼女は幸せだったのかな。
今、彼女は別の人と結婚していて、僕に紹介もしてくれた。僕と違って頼りになりそうな人で、お似合いの二人だった。

 彼女、立ち去る。
 
男はスマートフォンを眺める。

男 このハミルトン島の写真を見るだけで、心が少し痛むようだ。彼女にはずっと幸せでいて欲しいな。
そうだ。また外が晴れて、雪が解けたら旅行に行こう。
使い古しの、ステッカー貼りすぎの、3日間用の小さなキャリーバックに1か月間の旅の荷物を詰めて。あいつと二人で…そうだ、あいつは無理なんだ。

  あいつが、男の目の前に立つ。
  
男が、スマートフォンから目を離してあいつを見る。

男 あいつはこんな変わり者の僕とずっと一緒にいてくれた。そんなあいつが仲間だってことが、嬉しかったんだ。
だけどあいつとは、ケンカしたんだ。酷いケンカだった。
僕は仲良くやりたいし、いつも笑いあいたいってずっと思っていた。あいつだってそう思っていたはずだった。でもあいつとの間で些細な譲れないことが、お互いが思っている以上に大きくなっていった。言葉では通用しなくなったから徐々に言い合いになって、罵り合いになって、果ては殴り合いになった。初めて人を殴ってしまった。あいつも、慣れてない感じだった。自分の拳もあいつの拳も、お互いの鼻血で汚れちゃって、拭うことは二度となかった。ホント、些細なことだったのに。なのに…こんなことで、あいつと一生会えなくなるなんて嫌だ。

 あいつ、立ち去る。

男 すっごく、すっごく、凍てつくような日々だ。
布団にくるまって動けない僕はこんな、部屋の床が痛いほど冷たくて、立ち上がれなくて、外なんて氷河期で、人なんて数十年も現れなくて、お店なんて当然閉まってて、歩道なんて埋もれて歩けない…なんて。
そんなことは、本当は嘘。そんなことないんだよ。
きっと外に出たら、春の陽気がこの凍てつく身体をすぐに融かす。

あいつ、元気にしてるかな。
そうだ、LINEでメッセージを送ってみよ。

 男、スマートフォンに文字を打ち込む。

男 『おっす。久しぶり。元気?今どんな感じ。外に出ることなんて出来ないよな。僕はずっと家で引きこもってるよ。』(少し画面を見つめた後再度文字を打ち込む)『っていうか、ごめん。ホント、遅いけど。あんな喧嘩して疎遠になっちゃったの、今でも後悔している。お前のこと全然分かり合おうとしてなかった。今だったら、』(画面から目を離して)今だったら。(画面に目を戻す、文字を打つ)『今だったらまた、前と同じように話せる気がする。』(送信)
あぁ、なんでこんなに簡単なことが、出来なかったんだろう。
なんでこんなに簡単なことが、なんでこんなにハッキリしたことが、その一つ一つを丁寧に見つめて、分かりあうことが、靄がかかって、見えなくなって、目を向けなくなって、突然、できなくなったんだろう。そうだ、一歩踏み出してみよう。

 男はスマートフォンをベッドに置き、床を見つめる。
 慎重に、片足ずつ、足先、足の平、かかとを
 床に載せていく。身体の重心、体幹、姿勢を確かめるように、
 ゆっくりと立ち上がっていく。

男 身体に問いかけてみる。話そう。話そう。話そう。

 そして身体の各パーツに囁くように、呟くように、問いかけるように、
 確かめながら動かしていく。

男 身体が弾んでくる。そう、踊ろう。踊ろう。踊ろう。

 徐々にその動きが連なって、波のような、流れのような、不規則な踊りへと発展していく。

男 踊ろう。踊ろう。踊ろう。踊ろう。踊ろう。踊ろう。踊ろう。

 先輩、彼女、あいつが彼のベッドを取り囲んでいる状態。
 (先輩と彼女がそれぞれ男から向かって左右斜め前、あいつがベッドを挟んで男の後ろに位置する。)

男 笑ってくれ。笑ってくれ。笑ってくれ。笑ってくれ。笑ってくれ…

 男は言葉を繰り返しながら、自分の踊りを加速させる。
 言葉に従って、囲む三人は次第に笑い出す。 
 男もそれにつられて笑い出す。
 果てしなく加速していく踊り。

 すると、
スマートフォンの着信音が鳴る。
 踊りははたと止まる。
 直後に
先輩と彼女が男の口元をゆっくりとふさぐ。

 男は我に返ってベッドに置き去りのスマートフォンの方を振り向く。
 あいつからの呼び出しのようだ。
 (と同時に、先輩と彼女はその場から立ち去る。)
 男はベッドに座り、電話に出る。

男 もしもし
あいつ おっす
男 おっすおっす
あいつ 久しぶり
男 元気?
あいつ おう
男 あ、ホント
あいつ うん
男 良かった良かった…あ~あの、(見た?)
あいつ 見たよ
男 だよな
あいつ うん、見た
男 あの~さ、(ごめんな)
あいつ ごめんな。あの時は
男 僕の方こそ悪かった
あいつ あの後さ、俺、すぐにでも謝ればよかったって、ずっと後悔してたんだよな。
男 うん
あいつ めっちゃ些細なことで、あんなに怒ってしまったって
男 僕もそう思ってたんだよね
あいつ また会いたいね
男 うん
あいつ また会えるようになったら、フツーに遊ぼうよ
男 …やべーよ泣きそうだよ
あいつ なんでだよ(笑い)
男 ははは…

 会話の途中から徐々に暗転していく。
 会話も途切れる。

 幕

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