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帰国してきた遺族は想像とは違っていた。

家族や恋人と一緒に出掛けた旅行先で、もし誰かが亡くなってしまったら。
遺体となってしまった人々を帰国させるための搬送現場をレポートする。

想像すらしなかった出来事に遭遇してしまった時、人はどんな姿を見せるのだろうか。

成田空港に到着。
霊柩車は大型車専用の駐車場に停車した。
まずは、特殊帰国者の妻を到着ゲートで出迎える。
ひんやりとした車内から一歩でると、陽の光をさえぎるものがない駐車場は朝だというのにカンカン照りだ。

到着ロビーは、冷房の利いてひんやりと冷たく、歩いてくる人たちの足音がコツコツと響いている。
ゲートの前には旅行会社のツアーガイドやホテルの送迎担当者が、ボードを掲げ、旅行客を出迎えていた。
日本に旅行に来た人もいれば、帰国した人もいる。
その表情は対照的だ。
 
目的の便の到着を告げるアナウンスが流れた。
予定よりも30分ほど早い。
スタッフと一緒にゲートへ向かった。

乗客が出てくるだろう扉の正面で、B4判の大きさの白い案内板を掲げて、その人が出てくるのをじっと待つ。
傍目には、出迎えのツアーガイドのようにしか見えない。
だが掲げられた案内板に書かれているのは、ツアー名でも旅行会社の名前でもない。特殊帰国者の姓と保険会社の名前。
夫の亡骸とともに帰国してくる妻のための案内板だ。

ゲートから人々が出はじめた。
一人一人に目をこらし、スタッフと共にじっと待つ。
その妻がどんな女性なのか、どんな服装をしているのか、この時点では何の情報もなかった。

しばらくして、ネイビーのスカートにオフホワイトのブラウス、柔らかい水色のカーディガンという上品ないでたちの女性がゲートから出てきた。
1人だ。
ゆっくりと重そうにカートを押している。
カートには載っていたのは、一人旅にしては大きなトランクが2つ。
長旅で疲れたという印象はあるが、足取りはしっかりしている。
他の人たちより、表情がこわばったように硬いだけだ。

「奥様を異国の地で突然亡くしたご主人」
到着ゲートに姿を現す女性は、憔悴しきって目の下にクマができ、うつろな表情で出てくるだろう。
足取りは重く、弱弱しく力なく歩いてくるだろう。
勝手に、そんな想像をしていた。
だから目の前のカートを押している女性が当人とは、すぐに気付かなかった。

女性がゆっくりと顔をあげた。
スタッフの持つ案内板に視線を向けると、足を止める。
すかさず担当者が歩み寄り、声をかけた。
「おかえりなさい。お疲れだったでしょう」
その声に女性が歪んだ笑顔を見せた。
「お世話になります」
かすれてこもった声だが、落ち着ている。
ヘアスタイルや服装の乱れもなく、人生で最大の不幸に遭遇した直後とは思えないその姿に驚いた。

「色々と大変でしたね」
そう言葉をかけられると、妻は大きくうなずきながら、
「突然のことだったので」と、声を詰まらせた。
「まずは、座りましょう。それからお帰りになるまでの間に、必要なことについてお話させて頂きます」
その言葉に促されるように歩きだす。
妻の手からカートを受取り、到着ロビーのソファーに誘導する。

成田空港の到着ロビーには、残念ながら、このような事態のために話ができるスペースも部屋もない。
遺族に種々の書類の手続きなど業務について説明するには、向かい合わせに設置された椅子を使うしかなかった。
成田空港が開港した当初、霊柩送還など想定外のことだったのだろう。

妻を椅子に座らせると、担当者は名刺を両手で差し出しだ。
「はじめまして。今回、弊社がご主人のご遺体を預からせて頂くことになりました」

霊柩送還では、事前に、面とむかって遺族と打ち合わせすることはほぼないという。
依頼は家族からより、保険会社や企業、大使館などを経由が多い。
そのため空港で初めて顔を合わせる遺族もいれば、電話だけで対応しなければならない家族もいる。
「悲しみに包まれている相手と初めて話しをする時、自分たちの仕事をいかに説明し、理解してもらうか。相手の心をつかんで信頼を得るかがこの業務のカギ。見せかけの親切や優しさは、すぐに化けの皮がはがれる」
A氏はそう話す。
どこまで誠実に対応するかだ。

差し出された名刺を受取ると、妻はため息なのか安堵なのか、息をひとつ大きく吐いて、
「よろしくお願いします」
椅子の背に身体を預けた。

※写真はイメージです。


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