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若き才能の叫びが止まらない! 有名YouTuberも絶賛する『まったく、青くない』(黒田小暑 著)好評発売中!! 「序章」特別試し読み

こんにちは。小説丸編集部です。
第20回小学館文庫小説賞を受賞した『まったく、青くない』(黒田小暑 著)が、有名YouTuberや書店員に絶賛され、いまもなお、話題となっています。

著者は福岡県在住の25歳。24歳の若さで書き上げたというこの作品は、著者の「叫び」が聞こえるような、静かに心を揺さぶられる、力強い青春小説です。

爆誕した新世代の才能、一度堪能されることを強くオススメ!!今後の活躍にも注目です!

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『まったく、青くない』
黒田小暑 著
小学館


本当は書店で買って
読んでいただきたいですが…
書店へすぐに行くことが難しい方や、
電子書籍で読まれる方は、
こちらでもご検討ください!


書籍ご購入を検討中の方のために、作品冒頭の「序章」を特別掲載いたします!
ぜひ、お楽しみください。

* * *

序章 おわりはじめる  

 卒業式には間に合わず、入学式には散っている。それが、東京で生まれ育ったギンマにとっての桜だった。  

 高校生活最後の日は、前日の雪が嘘のように穏やかだった。風はなく、外に立っていても、あまり寒さは感じない。青とも白ともつかない色の空に、なにかの端切れのような雲が散らばっていた。  
 無人のグラウンドはのっぺりとしていて、校舎は魂が抜けたように静かだった。「卒業式」の立て看板はすでに片づけられている。校門前に溜まっていた人もすっかり捌け、まだ蕾ばかりの桜の木々だけが、二人を見守るように立ち並んでいた。  
 ギンマは、制服の胸に赤い花をつけ、筒の先が突き出した大きな紙袋を持って、自分を呼び止めた相手と向かい合っていた。その彼もまた、ギンマと同じ姿をしている。三年間、ギンマと同じバンドでギターを弾いていた男だ。
「そういうところなんだよ」  
 ギターの男が、その下に溢れんばかりの生命力を溜めているであろう桜の幹に、背中を預けた。
「おまえのそういうところ。俺がどうしても理解できないのは」  
 その目はすでに、理解することを諦めているようだった。
「おまえ、いまここで俺に見つからなかったら、どうしてた? そのまま帰ってただろ」  
 ギンマは目を伏せた。
「俺、おまえのほうから会いに来ると思ってたよ。いろいろあったけど、三年間、一緒にやってきた仲間だろ。バンドメンバーってのは、ただの友達とは違うんだ。あんな形で終わっちゃったけど、いや、あんな形で終わっちゃったからこそ、最後になんか一言あると思ってた」  
 間奏のギターリフでいつももたつくんだよ、おまえ。ギンマのその一言が、三年間、ギンマとギターの男との間に横たわっていた亀裂を押し広げた。卒業式の一週間前のことだ。ちょっとした言い合いは取り返しのつかない大喧嘩に発展し、バンドはその場で解散が決まった。バンドの最大の目標だった謝恩会のステージには、上がることができなかった。
「俺が悪いって言いたいのかよ。俺のほうから謝りに来るべきだって」  
 ギンマは、抑えきれなかった苛立ちを滲ませて言った。ギターの男が憐れむような、諭すような笑みを浮かべた。
「それはもういいだろ、どっちのせいでも。どっちかのせいにしたところで、謝恩会はもう終わったんだ」  
 その顔が、またギンマの癇に障った。
「そうじゃなくて、今日の話だ。最後のホームルーム、おまえのクラスのほうが先に終わっただろ。そのあと、俺やあいつらの教室に顔を出そうと思わなかったのか? 最後になんか話そうとは思わなかったのかよ」  
 思わなかった。それどころか、あの日、ギターの男が出て行ったあとの防音扉が閉まりきるときには、気持ちの整理がついていた。続けて、ベースとドラムの二人がそそくさと帰ったあと、時間までまだたっぷりとあったスタジオで個人練習をする余裕さえあった。
「なあ」  
 ギターの男は、なおもギンマに語りかけた。
「おまえにとって、俺やあいつらはなんだった? ただのバックバンドか? じゃあ、楽器を持ってないときの俺たちはなんだ? 俺が俺として、あいつらがあいつらとしておまえと出会ったことに意味はないのか? そのことに、なにも感じないのかよ」  
 そんなことはない、と思っていたが、そうなのかもしれない。軽音楽部に所属し、バンド活動に明け暮れた三年間は楽しかった。いいことも悪いこともあったが、充実していた。三人のバンドメンバーには感謝もしている。だが、後悔や未練、寂しさといった類の感情は、ギンマのどこにもなかった。目の前の男がどうしてそんなに必死になっているのか、ギンマにはよく分からなかった。二人は、互いの卒業アルバムに寄せ書きし合うような関係ではない。少なくとも、ギンマはそう思っていた。
「ハートが」  
 ギターの男は、その言葉を、足元にそっと転がした。
「おまえにはハートがないんだよ。一生離れたくない友達、誰にも渡したくない女、死んでも譲れないもの、絶対に諦めたくないこと。そういうの、おまえ、知ってるか?」  
 ギターの男は、ギンマの答えを待っていた。
「……知らねえよ」  
 地面に叩きつけるように言う。
「知らねえだろ。まだ十八なんだから、俺たち」
「まだ十八なんだから、とか、そういうさめた台詞は、頭の禿げ始めた偉そうなおっさんにでも言わせときゃいいんだよ」  
 西の空が赤くなり始めていた。ギターの男のうしろに伸びる桜の長い影の、その先端を、ギンマはじっと見つめていた。自分が悪いのだろうか。
「熱くなれよ。そしたら、おまえの歌はもっとよくなる」  
 ギターの男が、紙袋を反対の手に持ち替える。息を吐き出す。
「いつか、なにを差し置いても迎えに行きたい、っていう誰かに出会えるといいな。出会ってほしいよ。そういう、かけがえのない存在に」  
 かけがえのない存在。また、ギンマの知らない言葉だ。
「それまで、音楽、やめんなよ。おまえは歌ってなきゃ駄目だ。絶対に」  
 じゃあな。ギターの男は踵を返し、紙袋を持っていないほうの手を挙げた。  
 ギンマは、ギターの男が背中を離したあとの桜と、いつまでも向かい合っていた。  

 ──桜、まだ咲かねえな。  
 サンダルをつっかけ、寝ている間にほどけていた短パンの紐を結びながら、ギンマは家の前の桜に目をやった。花になんてまるで興味がないのに、毎年、桜だけは気になってしまう。あの日のことが頭にあるからだろう。ギンマは、擦り傷のようなその記憶を押しのけて、朝露に濡れた郵便受けに手をかけた。  
 この家では、郵便受けを確認するのはギンマの仕事だ。朝と夕の一日二回、庭先にあるブリキのポストに手を突っ込む。中身を一緒くたに掴んで、そのまま自室のローテーブルの上に放り出す。そこからチラシやダイレクトメールを除くと、残るものは少ない。サミン、ギンマ、ランジ、ハル。四つの山に仕分け、それぞれの部屋に配達してやる。  
 かつて、四つの山の中で一番大きかったのは、テーブルの上に残ったギンマのものだった。インターネットで購入したCD、定期購読している音楽雑誌。コンテストやオーディションの結果は、メール通知がほとんどだが、郵便通知の場合もある。テーブルの前にゴミ箱を引っ張ってきて、プレゼントの包み紙を豪快に破るアメリカの子供のような開け方で、中を検めていくのが好きだった。  
 寝ている間に汗を吸ったTシャツと、短パンを脱ぐ。パンツ一枚で、自分宛の郵便物を取り上げる。携帯電話料金の明細、クレジットカードの明細、公共料金は割り勘だから、夕食後にみんなで見るとして……。  

 ──あった。  
 横に長いタイプの、いやに真っ白な封筒だ。裏側はしっかりと糊付けされていて、宛名や差出人の名前などはどこにもない。真っ白な、本当に真っ白な封筒。だが、ギンマには、それが自分に宛てられたものだと分かっていた。その内容も。  
 ギンマは封を切らないまま、デスクに積み上げられた白い山の頂に、その新たな一通を加えた。  

 キッチンにはランジが立っていた。
「あ、今日はオムライス?」
「みたいだね」  
 冷蔵庫にずっと売れ残っていた野菜ジュースを、パックを握り潰すようにして飲みながら、サミンがギンマを振り返った。すげえいいにおいするぞ、と言われて、吸い寄せられるようにキッチンに近づく。  
 キッチンは、芳醇なバターの香りで満たされていた。無意識のうちに大きく息を吸っている。今日も駅前でみっちり三時間歌ってきた体が、全身でランジのオムライスを欲している。
「今日、なんかおめでたいことでもあったっけ?」
「……別になんにもないよ。なんにもなくても、俺はオムライスを作るんだよ」  
 なぜか苛立ったような口ぶりのランジ。チキンライスを炒めているフライパンをしきりに振る。
「逆に、なんかあっても作んないことのほうが多いけどな」  
 サミンが茶化すように言う。  
 オムライスは、ランジが大学に入ったばかりの頃、ファミリーレストランでアルバイトしていたときに覚えた料理らしい。いまのところ、ランジが作れる唯一の料理でもある。いろいろとコツが要るんだよ、と鼻の穴を膨らませるランジのオムライス(というより、ファミリーレストランのオムライス)は、確かにおいしい。バターが利いていて、卵がふわふわ、それでいてとろとろなのが特徴だ。
「そろそろ付け合わせあっためろ。そこのパックのやつ」
「え、これ、このままチンすんの?」
「二十秒くらいだったら大丈夫だろ。ギンマ、目離すなよ。やばいと思ったら、すぐ〈とりけし〉押せ」  
 ランジに言われて、ギンマは恐る恐る〈あたため〉ボタンを押した。爆発とかしないよね? 食卓の用意をととのえる係のハルは、リビングのほうで呑気に面白がっている。  
 チン、と音がした。背後からサミンの手が伸びてくる。
「よし、いい感じだな。食うか」  
 ほどよく温まった付け合わせを、サミンが高々と掲げる。  
 それ、命がけでチンしたの、俺なんだけど。ぼやくギンマの後ろから、ランジが四人分のオムライスを運んでくる。四つの深皿を二本の腕で支えるその姿を見れば、ランジが元ファミレス店員というのもうなずける。
「明太子はお好みで。スプーンと麦茶は回ってるな?」  
 最近、布団を外したばかりの炬燵机。その正方形の一辺に一人ずつ座り、それぞれのオムライスにスプーンを入れる。  
 ファミリーレストランでアルバイトを始めた大学一年生のランジは、冗談のような気温と湿度の厨房で月に三度も倒れ、二ヶ月目にはホールに回された。そして、ようやく四つの皿を二本の腕で支える術を身につけた頃、クビになった。理由はよく分からないらしい。  

 俺たちはこれからどうなるのだろう。  
 四人で食卓を囲むたびに、ギンマは考える。次の春には、みんなここを出るだろう。だが、いまのギンマは、この家を出て生きていく自分をまったく想像できないでいる。  
 とても繊細で、不安定なバランスの上に成り立つ四人だ。だからきっと、そう長くはもたないだろう。  
 次の春が来るのが先か、俺たちがバランスを崩すのが先か。どっちにしろ、俺たちは終わり始めているのだ。始まったその瞬間から。ほの甘い卵を噛みしめながら、ギンマは、アンバランスに積み上がった白い封筒のことを思った。

(試し読みはここまでです)

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『まったく、青くない』
黒田小暑 著
小学館

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