「J-POP本歌取り袋回し」開催記
俳句をつくる際、ついつい歌詞の引用・借用・パロディをしてしまう。
このチープな楽しみを誰かと共有できたら嬉しいけれど、できた句は真面目な句会に投句するような代物でもない。
ではいっそ、それに特化した句会をやってみようと思いついたのが、「J-POP本歌取り袋回し」である。
袋回しというのは、俳句の遊び方のひとつで、その場で出されたお題をもとに短時間で即興的に俳句を量産するやり方だ。
句会後の酒席などで行う余興の性質が強く、お題には意表を突くようなものを選ぶことが多い。
それを、J-POP(*)の曲でやってみよう、というわけだ。
(*J-POPと書いたものの、その定義は深追いせず、国内でつくられたポピュラー音楽全般を対象とすることとした。)
面白がってくれそうな知人・友人に連絡して、早速開催する運びとなった。
参加者は、松本てふこさん、友定洸太くん、トオイダイスケくん、imdkmさん、オカヤイヅミさん、鶴谷香央理さん、私。いずれも音楽好きの7名だ。
imdkmさんは俳句未経験だが、言語とリズムに関心があって言葉遊びもお好きなので、一緒に遊べたらぜったい楽しいと思い、やや無茶振りながらお声がけした。
手順はこんなかんじ。
参加者が各自、封筒を1つずつ持ち、封筒の表に「曲名とアーティスト名」を書く。
車座になり、「せーの」で封筒を隣の人に回す。受け取ったら、回ってきた曲について詠み込んだ(=歌詞を引用したり、その曲の何かしらをふまえた)俳句を作り、短冊に書いて封筒の中に入れる。
制限時間になったら、句を入れ終えた封筒を、また「せーの」で次の人に回す。これを、人数分の封筒が一巡するまで繰り返す。
終わったら、好きな句を選びあって得点数を競ったり、相互に講評して楽しむ。
一巡目のお題は以下のようになった。
・くるり「ばらの花」
・七尾旅人「湘南が遠くなっていく」
・岡村靖幸「ぶーしゃかLOOP」
・m-flo「come again」
・スピッツ「スパイダー」
・尾藤イサオ(「みんなのうた」より)「赤鬼と青鬼のタンゴ」
・細野晴臣「終りの季節」
では、生まれた句たちを少し鑑賞していこう。
【題:くるり「ばらの花」】
(出題者:酒井)
明易にジンジャーエールまだ昏き
(作:トオイ)
このジンジャーエールはグラスに入っていそうなので、「買って飲んだ」というより、たぶん明け方の店でノンアルを飲んでいる人だ。周囲の酔客の中でひとり落ち着いていて、やや閉じている感じ。曲のムードや「こんな味だったっけな」の感じを大いに湛えている。
出題から発想を飛躍させ、ただのパロディにとどまらない俳句作品にしてやるぞという意気を感じる句で、さすがに人気を集めた。
鯉幟ひとつ安心してそうな
(作:友定)
そういえば、ふだん俳句を作るときに「安心」という言葉はなかなか出てこない。「い抜き」の口語的なぶっきらぼうさもチャーミング。
安心なぼくら、川床、ぬるい水
(作:imdkm)
鴨川にいるギターケースを背負った若者が見える。バンドをやっているときの全能感と絶望的な無力感の混在を、懐かしく喚起させられた。京都=くるりの故郷もふまえていて巧み。
【題:七尾旅人「湘南が遠くなっていく」】
(出題者:友定)
ゆうだちの駅にコーヒーさがしたる
(作:友定)
コーヒーを探すくだりが元の詞にもあったっけ、と思わせるくらい自然。全てかなに開いて「駅」だけが硬質なのも、なんかいい。
出会いとは少し遅れる夕立かな
(作:トオイ)
曲の半ばに、「夕立が」のリフレインにキラキラしたシンセとストリングスが入ってくる箇所があるのだが、この句はそこの「音楽を俳句にしている」。
ぜんぶ嘘じゃないよその炎暑
(作:オカヤ)
大胆な自由律。元詞の「ぜんぶ嘘だと言っておくれ」に対し「ぜんぶ嘘じゃないよ」は、意地悪なようだけど、なんだか優しい応答だと思った。
【題:岡村靖幸「ぶーしゃかLOOP」】
(出題者:オカヤ)
昼寝覚ですがぶーしゃかしています
(作:友定)
「寝起きハイテンショングランプリ」だ。岡村ちゃんに出場してほしい。
たぶん二十三歳たぶんひきがえる
(作:酒井)
人外っぽい人。(あとで調べたら、ヒキガエルの寿命は平均10年程度で、長いもので30年生きた記録があるんだそうだ。)
夏めくや23歳が何だというのか
(作:鶴谷)
いやまったくだ。
【題:m-flo「come again」】
(出題者:imdkm)
DJは頼まれがちや若葉雨
(作:友定)
たしかに。
ねえDJハンモックゆらしつづけて
(作:鶴谷)
それはさすがに別の人に頼もう。
意味の前につづくリズムと夜の熱
(作:imdkm)
クラブだ! 「意味がなければスイングはない」へのカウンターでもある。
【題:スピッツ「スパイダー」】
(出題者:てふこ)
蜘蛛の囲の端つこ風にただよへり
(作:てふこ)
タイトルおよび元詞の「すみっこ」をふまえているのみならず、「ただよへり」にもどこか絶妙にスピッツっぽさを感じる。色物的な会の、短時間での作句で、こんなに丹精な「俳句らしい俳句」が出てきて驚いた。松本てふこさんは今回の参加者で唯一句集も出版している「ガチ俳人」。貫禄を見せつけられました。
奪われて逃げてそのまま茄子の花
(作:トオイ)
奪われる側のことを言う新味と、茄子の花の凡庸な美しさ。今気づいたけど、「スパイダー」と同アルバム収録の「ヘチマの花」が念頭にあったのかな。
君に借りるちょっと老いぼれてる団扇
(作:酒井)
「君に借りる」の周旋を誉めていただきました。みなさんの句と並べてみると、拙作はどれも元詞じたいの良さに依存しすぎで作者の手柄が薄い。
【題:「赤鬼と青鬼のタンゴ」】
(出題者:鶴谷)
紫に溶け合つてゐる踊りかな
(作:てふこ)
俳句で「踊り」といえば盆踊り。盆踊りって、輪が溶け合っていきひとつの色を持った有機体のように感じられる瞬間があるかもしれない。「赤鬼と青鬼だから紫」という理解を離れて、独立した一句として見ても魅力的。
ろんろんとはつなつをゆく暗渠かな
(作:友定)
元曲が創造した謎のオノマトペを活用してみる試み。阿部完市や摂津幸彦的な趣も感じる。
夏の月たのしいとつのツンツンす
(作:トオイ)
なんてかわいいんだ!!!
【題:細野晴臣「終りの季節」】
(出題者:トオイ)
はつなつの貨物が去るを起きてをり
(作:トオイ)
上述の「明易にジンジャーエールまだ昏き」とも似た質感だけど、こちらは線路沿いの四畳半の感じ。別の曲だが「起きぬけの路面電車」のことも思い出す。
夏暁や声を追いかけてゆく声
(作:友定)
輪唱っぽさ(?)を言ったのかな。「終りの季節」は冬の歌とも取れるけれど、夏にもよく合う(実は「朝焼」じたい夏の季語)。
六時起きのあいつの顔が青葉木兎
(作:酒井)
みなさんが予想以上に「良い句」を繰り出してくるので、私ひとりだけがふざけている感が強調されてしまう。いや、ほら、目がらんらんとしててさあ……。
3ターンくらいは遊べるかと思っていたのだけれど、意外と時間がかかってしまい、ここで一軒目はお開きに。
友定くんは予定がありここで帰宅。6人で、場所を居酒屋に移して、二巡目を行うことになった。
以下、題と句だけを挙げる。
【題:Bonnie Pink「A Perfect Sky」】(出題者:imdkm)
空蝉のネットミームに成り果てる(酒井)
日焼け止めの威力示して油照(オカヤ)
完璧な空によく似たソーダ水(imdkm)
【題:ナンバーガール「透明少女」】(出題:てふこ)
透明でなくなってから麦の秋(トオイ)
博多区から来て缶ビール路に空け(てふこ)
はっきりと夏気づいたらとかでなく(imdkm)
【題:ちあきなおみ「喝采」】(出題:トオイ)
幕が開き上手(かみて)に見切れ冷蔵庫(トオイ)
月涼し休符を入れて恋と唄ふ(てふこ)
箱庭にいつもの歌が暮れかかる(鶴谷)
【題:小沢健二「愛し愛されて生きるのさ」】(出題:オカヤ)
巴里祭や間奏で語りだす男(酒井)
君の住む部屋の網戸の跡が頬(トオイ)
エリーマイラブなんてさみどりの夜をゆく(てふこ)
【題:西田佐知子(荻野目洋子)「コーヒールンバ」】(出題:鶴谷)
夏暁の珈琲を呼ぶ愛あまた(トオイ)
飲んで恋してあげくの果ての踊りかな(てふこ)
アラブのおぼうさんではどうも風薫る(オカヤ)
【題:KAN「愛は勝つ」】(出題:酒井)
青梅雨やcarry onとふ英単語(てふこ)
愛は勝たない球場に夜鷹鳴く(鶴谷)
心配はあるが安心パイナップル(オカヤ)
酒が進んでいるせいか、歌詞の細部を拾う句が減って、大づかみなアプローチが増えているのが面白い。
この遊び、やってみて、やはり面白いという確信を得た(少なくとも私は)。
第2回、第3回と開催したいので、これを読んで「参加したい!」「我こそはこの遊びに向いている!」と思った方がもしいたらご連絡ください。
また、仲間内で自主的に開催される方がいたら、ぜひレポートを読みたいです。
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