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風邪なんか寝ときゃあ治る

何も知らないおじいさん

「おじさん本当に今の騒動何も知らないの?」
「ああ、何か流行っているのか?」
「本当に化石みたいな人ですね。テレビ見ないんですか」
「こんな山奥で一人暮らししとるでな、なーんも必要なくてテレビは見ないんじゃ。目もよう見えんし」「かれこれ10年にはなるな」
「知らせがあるときは下の町から人が来てくれるし、用がなくても役場の人が毎日お話に来てくれるよ」「それで十分じゃ」
「テレビで情報を仕入れないで本当に大丈夫ですか。山奥だってウィルスは飛んできてますよ。きっと」
「そうかい。そんなに怖いのかい。その新しいウィルスってやつは」
「恐ろしいです。世界中で猛威をふるっています」
「最近ちょっと山仕事が多かったんで町にも2、3日行っとらんが、下の町でも誰か死んだかね」
「いいえ、まだ死んだ人はいません」
「そりゃあよかった」
「でも隣の三里町や城山市は大きいから、もう死人が出たじゃろう」
「いえ幸いにもまだ」
「これから危ないのかの?」
「もちろんです。だからこうしてセールスに来た僕が説明してるんじゃないですか。よかったですよおじいさん。僕が来て」
「そうか。ありがとな」

フル装備

「そう言ゃあお前さん。マスクを2枚しとらんか?」
「今じゃあ常識です。二重マスクっていうんですよ」
「ほう。苦しくはないのかい?」
「ちょっと苦しいですけど。死ぬよりはいいですから」
「でもあんまり死人も出とらんのじゃろ」
「それは日本だからです。海外はすごいことになってるんですよ」
「わしもせんといかんかのう」
「当たり前でしょう。僕がたくさん持っているからあげますよ」
「ほうかい。ありがとな」
「何か薬も持っておるな。お前さん」
「ああ、これはアルコールですよ。こうやっていつも『シュッシュッ』てやれば安心でしょ」
「消毒っていうやつだな」
「手ぇ洗うだけじゃあかんかね」
「当たり前です。だめですよ」
「だけどお前さん。それにしてもフル装備だな。今はみんなそうかえ?」
「ほとんどの人がこうですよ。おじいさんお願いですからテレビを見てくださいよ。見ないと本当に危険ですよ」
「でもな。わしはかれこれ40年風邪一つひいたこともないし、腹下したこともないでのぉ。そんなのはいらんじゃないかぇ」
「それよりお前さん。裏山で作ったしいたけと前の川で今朝釣ったアユがあるで持ってくか?」
「あ、ありがとうございます」
「でも、今はこんな状況ですから、人から物を頂くのはちょっと・・・」
「調査データによると食べ物を渡したりして感染したっていう例も多いんですよ」
「そうか。うまいんじゃがな。それは残念」

風邪なんか寝ときゃあ治る

「わしは古い人間で新しいことはよくわからんが…」
「風邪なんて誰でもかかるもんだから、あったかくして栄養のあるもん食って早く寝ときゃあ治るって教えられたがな」
「まあ風邪は万病の元だから、こじらせりゃあ死ぬこともあるで、そん時はそん時じゃって思うとるけど、でもとんと風邪ひかんなぁ」
「そういうんじゃあいかんのかね」
「まったく。おじいさんは一体いつの時代の話をしてるの」
「今はもう21世紀だよ」
「ちゃんとお薬を飲んで治療しないで治るはずないでしょ」
「いい予防注射も発明されたんですよ。それも打ちましょうね」
「僕はね。おじいさんのために言っているんですよ」
「そうかのぉ」

あれから1年

 あんな自然のまま暮らしているおじいさんが無事なはずはない。
僕だって、あれから検査で陽性になってずっと会社を休んだりしてしたし、
最近何が原因かわからないけど、時々胸が急に苦しくなる時がある。
医者に何回も行って検査したけど「全く異常がない」って言われた。
 よくわからないけどテレビで言っているみたいに、知らない間に無症状感染して、その後遺症になっているのかもしれないと思っている。
最近背中が妙に痛いのも気になるけど、若い自分はきっと大丈夫だろう。
予防接種も2回済ませているし…。
 でもお年寄りはそうはいかないはずだ。本当に心配だよ。
 聞けばおじいさんは「いつもは下の町には毎日行っている」って言ってたから、考えてみればそこから感染する可能性もあるよな。
 そういえば何か月か前に、あのあたりでクラスター出てなかったかな
もし出てたら、あんな無防備な爺さん一発でやられちゃうぞ。
僕でさえこんなに色々あったんだから…。
 なんか心配になって来たな。ちょっと回ってみるか。

やあ!

「おじいさーん。いますか?」
「みどり第三保険の山口です。こんにちは」
あれ、いないぞ。
車あるのに・・・。
やばいか、これ。
「おじいさーん。いますかぁ?」
いない。
これ、どこかで死んでるパターンじゃかないか。
どうしよう。
「おじいさーん。おじいさーん。おじいさーん」


「おお、あんたか」「やあ!」

「ああ、おじいさん、おじいさん。よかった生きてた!」
おじいさんの顔を見たら涙が出てきた。
よかった。大丈夫で、本当によかった。

「どうした?何かあったのか」
「何言っているんですか。おじいさんがどこかで倒れているかも知れないってこんなに心配してるんじゃないですか」
「走り回って息がきれちゃいましたよ」
「もう勘弁してくださいよ」
「わしは元気だぞ」「この通りピンピンしとるよ」
「マスク着けてないんですか」
「ああ、あんなもんは苦しくて性に合わん」
「町に降りていくと、皆大騒ぎでわしの口をあれで塞ごうとするけどな…」
「ハハハ。皆に叱られてばかりじゃ」
「当たり前ですよ」
「僕なんか今じゃあお風呂でも二重マスクですからね。そろそろ気づいてくれないと大変なことになりますよ」

「どうだ。今日はアユ持ってくか?」
「話をそらさないでくださいよ」
「前も言いましたけど、いりません」
「すみませんね」
「そうか・・・」

「うっ」

「どうした!」

「あれっ」
「胸がうぅ・・・」
「おかしいな・・・」」

「大丈夫か?」
「おい」
「おい!」




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