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ルヴァン杯優勝と青山敏弘が最高だった話。

2022年10月22日。

サンフレッチェ広島がクラブ初、悲願のカップ戦優勝を果たした日だ。

1993年にJリーグが開幕。サンフレッチェ広島は、リーグ創設からあるオリジナル10のチームのひとつだ。しかし、クラブの歴史が長く、決勝に8回も進んでいながら、1度も優勝していなかった我らがサンフレッチェ。

決勝戦で負ける度に当時のキャプテン青山敏弘が号泣しながら、優勝した相手選手と握手をしていたのが、とても印象的だ。カップ戦を制し、優勝カップを掲げるという彼の夢は、サポーターの夢でもあった。

ちなみにその8回目は、10月22日のたった6日前。
天皇杯決勝でJ2ヴァンフォーレ甲府相手にPK戦の末、敗れてしまった試合だ。

・天皇杯決勝1016@横浜日産

J1相手のジャイアントキリング連発で、決勝に乗り込んできた甲府ではあったが、サンフレッチェを応援する身からすると決勝で負けてきた負の歴史、ジンクスを打ち破る絶好のチャンスと感じていた。

しかし、試合が始まると前半26分に先制を許し、その後も甲府が主導権を握る展開が続いた。J1相手にジャイアントキリングを続けてきた甲府の実力は伊達じゃなかった。

ところが後半39分、小さな頃からサンフレッチェファンの若干23歳・川村拓夢のゴールで1-1の同点に追いつき、かろうじて延長戦に持ち込んだ。

更に、延長後半11分ペナルティエリア内で満田誠のシュートが相手のハンドを誘い、PKを獲得。キッカーはハンドを誘うシュートを打った満田誠。決めれば決勝で負け続けてきたクラブの歴史を変えることが出来る場面だった。

キッカー満田は、ゴール左端へ蹴るも、甲府GK河田晃兵がストップ。PK失敗。延長戦でも決着はつかず、試合はPK戦にまでもつれ込んだ。

PK戦直前、テレビ画面を通して映されたのは円陣を組む両チーム。

J1チーム相手で、失うものはなく、緊迫したこの場面でも尚、雰囲気の良いヴァンフォーレ甲府。対照的に、決めていれば優勝のはずのPKを直前に外し、活気ある声が飛び交いながらもどこか重苦しい雰囲気を感じるサンフレッチェ広島。

見ているサポーターからしても、嫌な予感が少ししたのも事実だ。数分後、この予感が的中してしまう。

「天皇杯の優勝をこのPK戦で決めるのは、少し残酷なことかもしれません。」

NHKの実況の方のこの言葉がとても印象的だった。本当にこれに尽きる。残酷だ。

試合終了後、延長後半にPKを外した満田誠が目を真っ赤にし、号泣している姿が映し出された。もしあの場面、PKを決めていればサンフレッチェの歴史は変わっていたかもしれない。しかし、クラブのルーキー史上最多得点を決めている満田がいなければここまで来れていないのは明白。彼を責めるひとはいなかった。

PK戦で失敗をしたのは、武者修行のレンタル移籍から今季から復帰した23歳の川村拓夢。延長後半で失敗したのも今季、流通経済大学から入団した23歳のルーキー満田誠。

今季から加わった大きすぎる2人の存在は、今回のW杯、ドイツ戦で決勝ゴールを決めた浅野拓磨、スタイルを変え不動のレギュラーへと登り詰めた野津田岳人、かつての2人と重なった。

しかし、実力を備えていながらも経験の浅い若い2人の悔しそうな表情。1週間後に迫るルヴァンカップ決勝に向けて、追った深すぎる傷。6日間で気持ちを切り替えることが出来るのか。まさか、まさか、2週間連続で決勝で負けることになるのか。少し不安の残るところだった。

・ルヴァンカップ決勝10.22 @国立

1週間前、日産スタジアムで追った大きすぎる傷。正直、僕自身はあの悔しさを切り替えることが出来ないまま当日を迎えた。

僕個人は、新国立競技場で観戦すべく、キックオフ30分程前にスタジアムに到着。席に着くと、サンフレッチェサポーターの多さに正直驚かされた。ゴール裏だけでなく北側スタンドの8割超を埋め、ピンク色よりサンフレッチェの紫色の方が多かったように感じた。失礼な話かもしれないが、本拠地以外で中立地でも、広島側のサポーターが数で勝ることは実はあまりなかった。

それだけ広島の国立競技場改修後初試合である上に、2週間連続で決勝で負けるわけにはいかないこの試合の注目度が高いことを感じたと同時に、自分自身のボルテージの高まりも感じた。「今日は勝てるかもしれない。」という根拠の無い自信が湧いてきたのを覚えている。

しかし、試合は後半8分キャプテン佐々木翔の不用意なバックパスから失点。やはり、今日も負けてしまうのかという不安感が募った。

つづく後半34分。勝っている場面にも関わらず相手DFが激高し、レッドカード退場。そして、この次のプレーで競り合った結果、セレッソDF山中が負傷。治療中、広島サポーターの大観衆の声が国立競技場中に響き渡った。

「この広島サポーターの声は、必ず選手を勇気づけると思います。」

放送では、解説の内田篤人さんがこう話した。退場で10人となったセレッソ、国立競技場中を包んだ広島サポーターの声援。流れが少しずつ広島側に傾いているのを感じた。

しかし、それ以降もチャンスはありながら10人の相手にゴールを決めることが出来ないまま時間は90分を迎えた。

アディショナルタイムは、奇しくも前日に亡くなった工藤壮人選手の背番号と同じ「9」。

直後の後半45分、CKの場面から、ペナルティエリア内でハンドを誘う。主審は瞬時のことに判定は下せず、VARが介入することになった。相手選手の手にボールが当たる映像が国立競技場自慢の大画面に映し出された。

ここまで決勝で敗れ続けたクラブの歴史と共にしてきたベンチの青山敏弘はPKを確信。ピッチの外から広島のサポーターを体全体、身振り手振りで煽りに煽った。大観衆のサンフレッチェサポーターの拍手はお世辞抜きに倍近くになり、セレッソサポーターの声援を圧倒。国立競技場が広島のホームであるかのように感じるほどの雰囲気に変わった。

1点ビハインドの場面で試合終了直前にPK獲得。本当は喜んでいい場面だが、このスタジアムの雰囲気でも尚、当然、否が応でも先週の延長後半のPK失敗が頭をよぎった。

キッカーはピエロス・ソティリウ。先週の満田に向けられたのと同じ期待感、プレッシャーがソティリウにも注がれた。右端に蹴る。ボールは、ゴールに吸い込まれていった。ついに1-1の同点。勝ち越しでは無かったが、劇的同点ゴールにボルテージは最高潮となった。

つづく後半56分、川村拓夢のシュートからCKを獲得。満田誠のアウトスイングのボールを今夏加入したピエロス・ソティリウが足で合わせたボールは、なんとゴールに吸い込まれた。2-1の勝ち越しゴール。

スタジアムはお祭り騒ぎ。ゴール裏、大観衆のサポーターの目の前で、フィールドプレーヤーに加えてベンチメンバーがゴールを決めたピエロスに手荒い祝福。そして、ほとんど手中に収めたルヴァンカップ優勝を確信し、喜びを分かちあった。

直後に試合終了。サンフレッチェ広島悲願のカップ戦初優勝。決勝で勝てなかった呪縛からド派手に解かれることになった。

クラブ創設30周年のメモリアルイヤーに花を添えるカップ戦初優勝。思い返すと2012年のリーグ初優勝も20周年、更に相手はセレッソ大阪だった。試合後に、号泣した満田と川村の姿はあの日の佐藤寿人と重なって見えた。

当時、初優勝から迎えた3度の優勝、黄金時代。もしかすると、今回のルヴァンカップ優勝も、黄金時代の幕開けなのかもしれない。期待感を感じずにはいられなかった。

「本当に悔しい思いをさせてしまった分、結果で恩返ししたくて、1週間頑張ってきたんですけど、タイトルという形で恩返し出来て、本当に広島の方々に感謝したいです。」

先週、誰よりも悔しさを味わったはずの満田。恐らく純粋な嬉し泣きではなく、「絶対に勝たなければいけない」というルーキーに背負わせるには大きすぎるプレッシャーから解き放たれたことによる涙で目を真っ赤にしながら話した。

「悔しい思いをさせてしまった」「タイトルという形で恩返し」満田本人も悔しい思いをしているはずなのに出てくるのは、予想外の言葉。日産スタジアムで追った傷を切り替えることが出来るのかという試合前の不安は、完全に不必要なものだった。そして、満田誠という選手の器の大きさを初めて知り、驚かされた。

同じく大きすぎるプレッシャーを背負っていたのは、川村拓夢。彼も試合終了後、ユース同期の大迫敬介と号泣し、抱き合った。

「退場の前からサポーターの声援が大きく聞こえた。大きな力になりましたし、そこで流れが変わったと自分は思っています」

試合後の彼のインタビュー。選手もサポーターと考えていることは同じだった。

青山敏弘が最高だった話

サンフレッチェ広島、悲願のルヴァンカップ初優勝。

ソティリウのPK、決勝ゴール。試合後に喜びあった選手たちの表情、、、。当然、記憶に残る場面だらけだった。

この中でも印象に残ったのは、青山敏弘の振る舞いだ。PKを確信し、サポーターを身振り手振り煽ったのは前述だが、それ以外にもベンチメンバーながらも「戦力」となる場面は多かった。

まずハーフタイム。ベンチメンバーとして、ピッチ上でのトレーニングを終えた青山は、ロッカールームではなく、紫色のサポーターが陣取るゴール裏の方向へ歩いた。ゴールの横に着くと、「出ている選手たちに大声援を送ってくれ」と言わんばかりにこの時もまたサポーターを煽った。

今季若手の育成・起用に定評のあるスキッべ監督が就任し、出場機会を大きく減らした青山。それでも、出来ることは全てやろうという彼の姿勢に胸が熱くなった。

そして、試合終了後。表彰式までの間。彼は喜びを堪えきれずチームがセレモニーが始まるまでの間に待っていたのと逆側に陣取っていた広島のゴール裏まで1人で駆け寄り、喜びを体全体で表現した。

優勝したチームには、優勝カップが2つ贈呈される。1つ目は、キャプテン佐々木翔。2つ目のカップを掲げたのは青山敏弘だった。更に表彰式後、ゴール裏のサポーターの前へいくと、サポーターを先導してまで歌を歌い、1番喜んでいたのは青山だった。

前述だが青山は今季、出場機会を減らしていた。この状況、選手によってはレギュラーメンバーを気にかけ、喜びを全面に表現することを遠慮する人もいるだろう。しかし、サポーターとしても彼がカップ戦で優勝して、カップを掲げているのを見るのが夢だったし、サポーターの前で広島の選手として優勝カップを掲げられたことを素直に表現していたのを見ることが出来て最高だった。

サンフレッチェ広島の歴史が変わった2022年10月22日は、彼の夢でもあり、サポーターの夢でもあった青山敏弘が広島の選手としてカップ戦を制し、優勝カップを掲げるのを見ることが出来て忘れられない1日となった。更に、黄金時代の幕開けを感じずにはいられない1日だった。

これからのサンフレッチェ広島が益々、楽しみだ。

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