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川端康成 - 日向 -

 テスト勉強に飽きてしまい、大学の図書館をあてもなく散歩していると、最上階の日本文学の棚が並ぶ場所に辿り着いた。
 そこは、一般の書店では決して見ることができない書物の宝庫だった。古本の目利きがない僕でも、この蔵書たちの価値はなんとなく分かった。
 一面に並ぶ夏目漱石全集に驚きながらも、ある文豪の棚を探していた。
 その文豪というのは、つまり川端康成のことである。僕に情景描写の美しさを教えてくれた人であり、僕自身の好みを発見させてくれた人である。
 彼のことを深く語れるほどの知識も僕にはないが、ただ純粋に彼の描く物語や風景が好きで、彼が用いる日本語に惚れているのだ。
 そんな片想いの相手、川端康成の全集を前にした時は、少しの緊張感と高揚感が混ざり合っていた。テストのことなどとうの昔に忘れており、はやく読み進めたいという気持ちになっていた。さっそく第一巻を手に取り、近くにソファを見つけ座った。
 辞書ぐらい分厚い本に書かれている文章はとても新鮮で、文庫本や新書とはまた違った感覚を与えた。

 「日向」は、川端康成全集第一巻の三番目の物語である。たった三枚の紙に描かれたこの物語は、僕の心を躍らせ、ある女の子のことを思い出させた。
 「日向」では、川端康成の癖である「人の顔をじっと見てしまう」ことを、癖付いた過去をたどりながら、現在1人の女の子にその視線を向けているという出来事が描写されている。

 彼女はいう。

私の顔なんか、今に毎日毎晩で珍らしくなくなるんですから、安心ね。
川端康成 「日向」

僕は笑う。「そんなことはないよ」と言う。恥ずかしそうに顔を赤くした君は日向がよく似合う。真っ青な空の下で眩しそうにしている君の後ろ姿を想像し、君の名前をふと呼びたくなった。

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