見出し画像

和紙漉き 5  和紙の種類など

1.和紙の紙名について
色々な紙の種類と名称があります。
”和紙の文化史 久米康生著 木耳社”を、参考にしてまとめてみましょう。
歴史の流れ、製作された地方に沿って、種類、用途によってつけられてきたようです。

1)紙屋紙(かんやがみ)

平安時代(794年~1185年)の400年間、藤原時代がつづき、かな文字が使われ、女流文学が栄える。文化は女性が担い手となり、紙そのものの美しさが求められ、製紙職人が技術を競うようになった。
この時代の中心となったのは、政府の製紙場である紙屋院(しおくいん)であった。政府の紙の研究所だった。
今も、京都右京区花園に紙屋川という川が流れている。この川の水を利用した。全国からいろいろな原料を集め、優秀な紙工が漉くので、紙屋紙(かんやがみ)は質のすぐれたものであった。源氏物語には、うるわしき紙屋紙と言っていて、もろい唐の紙よりすぐれていた。

2)陸奥紙(みちのくがみ)

平安時代、紫式部、清少納言など女流文学者が愛好した紙で、都会風の技工を施さない、素朴な厚手の紙で、東北で漉かれた紙だが、産地が特定できていないとのことだ。平泉文化の前の陸奥の中心は宮城県の多賀国府辺りかと推定されているらしい。平泉文化が開花して、みちのく紙の京都などでの需要が増え、中央への原料供給が制限されていく。これにともなって、紙屋院への原料供給が減り、紙屋紙の質の低下が起こり、地方の勢力が台頭してくる象徴と考えていい。

3)料紙

これは、一般的に物を書くのに用いる紙をいう。
奈良時代は、仏教文化全盛で、紙の主な使用者は僧侶だった。平安時代になると、文人層が多くなり、料紙の需要が増大した。女性の繊細な感覚は、
紙質に鋭敏に反応した。
さてさて、源氏物語、小生は全編は読み切っていませんが、本棚で現代訳本付き達が待っています。著者は紙について書いたものが百を超えているとのことだ。源氏が明石の姫君の入内の調度品として書かれた草子の料紙のことを、述べる。
「唐の紙の、いとすぐれたるに、草に書き給える、いとすぐれて、めでたし と見給うに、高麗の紙の、はだこまかに、なごうなつかしきが、色など花やかならず、なまめきたるに、おほどかなる女手の、うるはしく、心とどめて書き給えるは、たとふべき方なし と見給う人の涙さへ、水茎(みずぐき)流れそふ心ちして、あく世あるまじきに、また、ここの紙屋の色紙の、色あひ花やかなるに、みだれる草の歌を、筆にまかせてみだれ書い給えるさま、見所限りなし。」梅枝から

ああ、たまりませんねー。この感性。。。。。平安時代にタイムスリップしたいのは私だけではありませんねえ。
前述の、百余例の紙についての文章のうち、唐紙や高麗紙のことは、十余例であとは、国産紙のことだそうだ。紙の色彩についても多く語られ、特に紫式部は「紫」のことを最も多く書いている。
一方、清少納言は「白」を愛した。枕草子で、みちのくの紙を「白く清げなる」と表し、「細やかなる畳紙(たとうし)にも用ゐられる」とも言い、清少納言は薄様を好んだようと考えられる。紫式部は厚肥えたみちのく紙を好んだ。
面白いですね。。。。。源氏物語、枕草子から紙の文を、さがしてみてはいかがでしょう。
平安文化では、紫と紅の色を愛好したとのこと。それまでは大陸的な色で、紺、緋色が多かったそうだ。かさねの色目、日本の傳統色という本をもっているが、十二単などかさねる色目はこのころ広がったのでしょうか。日本の文化の独特な深さを感じますね。

4)檀紙(だんし)

ウィキペディアによると、
檀紙(だんし)とは、楮を原料として作られた縮緬状のしわを有する高級和紙のこと。厚手で美しい白色が特徴であり、主として包装・文書・表具などに用いられる。
古くは主に弓を作る材料であったニシキギ科の落葉亜喬木であるマユミ
(檀/真弓)の若い枝の樹皮繊維を原料として作られたためにこの名がある。
また、陸奥国を主産地としたために「みちのくのまゆみ紙」後に転じて
陸奥紙(みちのくがみ)とも呼ばれた。
『源氏物語』や『枕草子』にも「陸奥紙」として登場するなど、平安時代以後、高級紙の代表とされ、中世には讃岐国・備中国・越前国が産地として知られていた。なお、徳川将軍による朱印状も原則として檀紙が用いられていた(高山寺・大覚寺の所領安堵朱印状など)。と掲載されている。
和紙の文化史では、檀紙の生産地は、鎌倉時代末期には讃岐(現在の高松市)に移っていた。高松市に檀紙町がある。その後、備中(岡山)に移った。
檀紙は厚手で皺がある。

5)杉原紙 P101参

清少納言から、現代の幸田文まで紙について語られ、昔は、白い和紙を贈り物にするという習慣があったそうだ。和紙が大切にされていたのだ。杉原紙は尊重され、武家の筆写料として、最も広く使われたそうだ。発祥の地は、あいまいだそうだが、播磨の杉原谷とされている。平安中期にあらわれ、流行した。公家の愛用紙だったのが武家文化では公文書用紙となった。最高級品ではないが、正常な品格があって、大衆性のある紙だったために、ひろがった。中世を代表する紙。

6)鳥子紙(とりのこし)P105参

中世の杉原紙と並ぶ紙で、同様に奉書紙もある。鎌倉幕府の衰弱以降、足利の室町時代に移ろうとする頃、登場した。
雁皮を基本として、越前で栄えた。雁皮は温暖なところに育つので越前にはない。丹波あたりから導入したのではないかとのこと。この名前の由来は、紙色が鳥の卵色を思わせるからだそうだ。確かに黄みがかっている。
雁皮材料で、紙肌はなめらかで書き安く、粘り強く、保存性が高い。紙王と称され、気品と耐久性は、上層階級に愛用され、技術に誇りを持つ越前の紙工達は、研鑽して、現在にもつながる伝統を築いた。
現代の鳥子紙で、手漉きのものは本鳥の子、純雁皮を特号、雁皮と三椏の混合を一合、純三椏を二合、、、、などと呼ぶ。
機械漉きは、新鳥子というそうだ。
越前以外にも、広がり、加賀や阿波で作られている。加賀では、有名な箔打紙として、この雁皮紙が特殊用途として、発展している。
中世の雁皮紙で、修善寺紙というのがある。修善寺紙は三椏もあって、三椏が製紙原料の出発点をなしたとされる。鳥子紙はキリシタンの宣教師を驚かせ、本国への日本通信にこの紙を使った。

7)奉書紙

越前で漉かれていた。三田村家が特権を持っていた。厚くて強く、風格のある紙。杉原紙に対して、新しい公文書用紙として、愛用されるようになった。権力を象徴する公印を押す用紙となっていた。今日でも、古い格式を重んずる重要文書、賞状の類に奉書紙が使われる。現在の奉書紙は、福井県についで、愛媛県の東予市が有名。手のこんだものではないが、江戸時代から浮世絵版画や千代紙などの用紙として大量に使われている。

8)美濃紙 P113参

備中の檀紙、播磨の杉原紙、越前の鳥子紙と奉書紙に対して、美濃の紙は中世の市場に最も多く流通して、重要な位置を産業史に示す。美濃は鎌倉時代から禅風の最も盛んだった土地で、京都からの禅僧も多かった。京都文化があった。定期的な紙の市が開かれていた。中世には、美濃、飛騨の相当広い範囲に製紙地が散在していた。上層階級の料紙から鼻紙にいたるまで多種の紙を生産していた。近江商人によって、京都へ運ばれた。実用的な庶民の紙である美濃紙と並んで奈良紙もあった。
その他の紙の名、
但馬紙、丹後紙、丹陽紙、泉紙、石見紙、美作紙、備前紙、芸州紙、土佐紙、筑紫紙、豊前紙、加賀紙、駿河紙、飛騨紙、藁檀紙(甲州)肌好(甲州)東山紙(紀伊)熊野紙(紀伊)すがためづらしき紙(阿波)山衙小紙(遠江)塩浜紙(伊勢)
国名を基本にした紙名が多いですね。

思い出すに、子供の頃、母親や回りの人は、模造紙と言ってました。調べてみると、ウィキペディアにありました。
和紙の一つである局紙(大蔵省印刷局認定紙)に似せて作られた上質の化学パルプ紙を指す。近代ですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/模造紙
局紙は、名前の通り、輸出紙として、印刷局抄紙部が製作して、1885年にフランスへ送ったとのこと。
オーストリアが硫酸パルプを使って、この局紙を模造したシミリー・ペーパーが逆輸入されて、さらに、王子製紙、三菱製紙がさらにそれを模造して輸出した。ややこしい話です。三椏を原料とした光沢のある厚手の固い紙。P206
東京の紙としては、近代、浅草紙が江戸を代表するもの。粗悪で、大衆消費に使われた。いい紙としては、和唐紙で1806年神田白壁町ではじめられた。

9)典具帖紙

さてさて現代でも活躍中の極薄の和紙だ。土佐で今も作られていて、和紙職人の漉き技術が特殊だ。和紙の厚さは1ミクロンぐらいなのかしら、透けて見える繊細な和紙だ。特に近年、絵画などの修復用に需要があり、ヨーロッパでも多く活躍している。
土佐で機械漉きに成功した鎮西氏(ひだか和紙)と知り合った。高知県の研究所もサポートして、連続生産が可能となった。材料の仕込みも繊細だ。
テレビでも紹介されたりするが、手漉きでは、結構激しく叩くような動作をする。しかしどうやって薄い和紙を竹簀からはがして、紙床に置くのだろう?乾燥は? 機械漉きではロール状に巻いていくので連続生産が可能だ。
機械漉きの方が、厚みは薄かったように記憶している。日本の技術者、職人の世界に誇る技巧だ。

修復は、ドイツなどでは、昔の貴重な文献類が火災にあい、もろくなったページに敷いて、のりをつけて補強する。和紙は強い、眼には見えないけど、ほどの修復ができている。また、古い絵画なとの修復には多用されている。
もちろん日本でも貴重な文献、書類や絵画などに使われている。
日本橋の小津和紙で手ごろに手に入るので、持っている。花びらを漉いた和紙に載せて、典具帖紙をかぶせたりしている。

参考文献
和紙の文化史 久米康生著 木耳社

墨流しの模様のケース 和紙のことを知る原典だ。
昭和51年発行





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?