見出し画像

『クローン・サーガ』刊行記念! 特別寄稿「私とクローン・サーガ」by 石川裕人

絶賛発売中の『スパイダーマン:クローン・サーガ・オリジナル』(一部流通限定)と、『スパイダーマン:クローン・サーガ』。これらの作品は、そのあまりにも衝撃的な展開から「スパイダーマン史上最大の問題作」とも呼ばれています。そんな本作への思いを、90年代から編集者/翻訳者/ライターとして邦訳アメコミ業界に携わっている石川裕人さんに語っていただきました。

文:石川裕人

※本記事には『クローン・サーガ』を含む、いくつかのストーリーに関するネタバレがあります。作品を読む前には一切情報を入れたくない、という方はご注意ください!

『スパイダーマン:クローン・サーガ・オリジナル』
ジェリー・コンウェイ他[作]ロス・アンドルー他[画]吉川 悠[訳]
※電子書籍も同時発売
『スパイダーマン:クローン・サーガ』
J. M. デマティス他[作]ジョン・ロミータ Jr.他[画]小池 顕久[訳]
※電子書籍も同時発売

スパイダーマンの「クローン・サーガ」と言えば、今回、新旧2冊が発売されたように1970年代と1990年代の2回を数えるわけですが、自分的には直撃とは言えないというか、ちょっと微妙な関係というか……1回目の1974-75年版は、さすがにまだアメコミに触れてない頃で、その存在を知ったのは、伝説のアメコミ/マンガ混載雑誌『ポップコーン』の6号に掲載された『アメイジング・スパイダーマン』#144を読んでからです。

『Amazing Spider-Man』#144(5/1975)

『ポップコーン』の前身である光文社版『スパイダーマン』で死んでしまったはずのグウェンが登場するラストカットを最後に雑誌が休刊になってしまい、あれってどういう意味? 気になる~と思っても、TPBなんか出ていないご時世。「本編が買えないなら、リプリントの『マーベル・テールズ』を買えばいいじゃない」なんですが、続く『アメイジング~』#145を再掲載した『マーベル・テールズ』#122(12/1980)は、『ポップコーン』6号(2/1981)の直前に出てはいたものの、当時の書店に置いてあったアメコミは、通常の雑誌のように新しい号が出ると前の号は回収されてしまうので(つまり買える期間は1ヵ月間のみ)、そうと気づいても後の祭り。まぁ、『マーベル・テールズ』を毎号買っていれば買いそびれることもなかったわけですが、当時の日本での価格はたしか1冊260円。高校生の身分ではお安くなく、同じ買うなら、キャラがたくさん出てくる『ジャスティス・リーグ・オブ・アメリカ』や『ディフェンダーズ』(そこは『アベンジャーズ』だろう、昔の自分)『X-MEN』を買ってしまうわけで、そもそも縁がなかったんでしょうね。

結局、私が「クローン・サーガ」と本格的に出会ったのは、それからしばらく経った『スペクタキュラー・スパイダーマン』アニュアル#8(7/1988)でのこと。『アメイジング~』#149のラストで何処かへと去って行ったグウェンのクローンが再登場するエピソードで、結局のところ、このグウェンのクローンはクローンではなく、第三者の女性にグウェンの遺伝子を組み込んでグウェンそっくりにしただけだったんだよというオチに、肩透かしを喰らったというか(結局、この設定も再度覆されていますけれど)……。

そんなこんなで、1990年代版の「クローン・サーガ」は、今度こそ“直撃”と言いたいところなんですが、この頃はちょうど小プロさんで『X-MEN』や『マーヴルクロス』やらを絶賛編集中だったので(あと、こっそり『スポーン』も)、とにかくアメコミの原書は邦訳予定のありそうなX-ファミリーを追うので手一杯という状況。実を言うと、仕事量自体は現代の方が多いのですが、この頃は英単語を調べるにも英和辞典をめくる時代。解説を書くにも、編集室に家から手持ちのX-MENを残らず持ち込んで該当号を探す始末で、何をするにも時間がかかっていたんです(バイク便もなかったので、打った原稿はフロッピーに入れてデザイナーさんの事務所まで自分で持っていく)。

そんな状態ですから、あぁ新しいクローン話が始まったんだ……スカーレット・スパイダーの上着のこの破れた感じって……そうか、『DC VS.マーヴル』にもこっちが出るんだぁ……と、どこか他人事というか……この頃のスパイダーマンのクロスオーバーは、その前の「マキシマム・カーネージ」もそうなんですが、X-MENとかX-ファクターとかX-フォースとかキャラが多彩なX-ファミリーのクロスオーバーに対し、主人公がスパイダーマンなんだから当然とはいえ、どれも同じに見えてしまったというか、もう一つ乗り切れないものがあったのも事実だったりします。

そんな次第で、邦訳も出た『オンスロート』に絡んだクライマックス辺りはさすがに追っていましたが、ラストはクローンかどうかの真相の是非より(これくらいのショックにはもう耐性ができていたので)、メリー・ジェーンの悲劇の方がキツかった記憶が。80年代のインビジブルウーマンの流産事件でもかなり凹んだのにまたですかという(まだヴァレリア復活前ですから)……。

そういうわけで、自分的には縁の薄い感じがする「クローン・サーガ」ですが、コミック以外のところで意外な出会いが。一つ目は『ニューズウィーク』のクローン特集。当然、現在のクローン技術について語る真面目な記事なんですが、クローン羊とかクローンに関する歴代のトピックの中に、90年代の2回目の「クローン・サーガ」が取り上げられていて、おや、こんなところでと驚きました(読者の評判が云々まで触れてありましたが……)。

二つ目は、いつぞやのコミコンに行った時に買った実写ドラマ版『スパイダーマン』のVHSビデオ。スタン・リーも匙を投げたという悪名高いこの実写ドラマ版、ソフトはビデオとLDが少し出たきりで、当時も今も視聴が難しい作品なわけです。そのVHSを見つけて慌てて買い漁った中に、70年代「クローン・サーガ」をドラマ化した第4話「ナイト・オブ・クローン」が入っていたんですね。ストーリーは、ある科学者が作ったスパイダーマンの悪のクローンが本物と激突するという、一応はコミックに即したもので、戦う相手がいつもギャングや小悪党ばかりなこのシリーズでは、どちらもスパイダーマンとはいえ、コスチュームキャラ同士の戦いはちょっとお得な気分(ショッカーライダーとかこの手のニセ○○は、予備のコスチュームを使ってるだけなのに妙に盛り上がるんですよね)。最後は戦いの途中でミスったクローンが変電盤だかにぶつかって霧散してしまうんですけれど。

クローンの最後で思い出したのが、新旧の「クローン・サーガ」で一番ショッキングだったこと。70年代版のラストで、死んだクローンの遺体をピーターが煙突に捨てたと知った時はドン引きしました。いくらクローンとはいえ、死んだ敵をそこらの煙突に放り込んで燃やしてしまおうだなんて、ダークヒーローの代名詞とされるバットマンでもできないでしょう。そう、スパイダーマンの実は怖い一面が垣間見えたこのエピソードが、自分にとっての「クローン・サーガ」なのかもしれません。

【用語解説】
『ポップコーン』:
1980~81年に光文社から全6冊が発売された漫画雑誌。前半が日本の漫画、後半が『スパイダーマン』などのマーベル作品という変則的なスタイルで、左右どちらからでも読むことができた。第2号は、漫画作品の内容に問題があったとして回収処分となったものの、ニール・アダムスの『X-MEN』が掲載されていたため、アメコミファンは速攻で手に入れていた模様。

光文社版『スパイダーマン』:
1978~1979年に光文社から隔月刊で全8巻が刊行された単行本シリーズ。日本の漫画単行本と同じサイズで、巻頭のみがカラー。『アメイジング・スパイダーマン』#51~138を一部抜粋して収録。続く#139~144が『ポップコーン』に掲載された。他に『ファンタスティック・フォー』全4巻、『キャプテン・アメリカ』全4巻、『ハルク』全3巻、『マイティ・ソー』全2巻、『シルバーサーファー』全2巻、『Ms.マーベル』全1巻が刊行された(ここでも、なぜ『アベンジャーズ』が……)。

TPB:
Trade Paper Backの略。現在のコミックはTPB化を前提に6話前後でストーリーがまとまるように構成されているが、TPB化が始まったのは80年代末からで、しかも『ウォッチメン』など名作とされる作品ばかりだった。それ以前に発売済のストーリーを読もうとすると、コミックショップに行ってバックイシューの棚を漁るしかなかった(日本の場合はアメリカから通販で取り寄せ)。

『マーベル・テールズ』:
1961年にスタートしたマーベル・コミックスは60年代半ばにかけて急速に人気を拡大していったため、後発のファンはマーベルの初期作品を読めずにいた(コミックショップの登場は70年代後半から)。そこでマーベルは、人気タイトルのリプリント誌を創刊。『アメイジング・スパイダーマン』のリプリント誌である『マーベル・テールズ』、『ファンタスティック・フォー』のリプリント誌『マーベルズ・グレイテスト・コミックス』、『アベンジャーズ』のリプリント誌『マーベル・トリプル・アクション』などが刊行され、ファンの要望に応えた。

通常の雑誌のように~:
2000年くらいまで原書のコミックブックは、通常の洋雑誌と同じく要素専門店や大型書店の洋書売り場に並べられていた。これらは洋書専門の取次「洋販」が輸入・配送を行っていたものだが、アマゾンなど通信販売の急速な発達により、2008年頃には終焉を迎えた(日本を代表する洋書専門店イエナ(銀座)の閉店は2002年)。

『ジャスティス・リーグ・オブ・アメリカ』:
1984年までの同誌は、スーパーマン、バットマンなど、DCコミックスのメインヒーローが勢揃いする文字通りのオールスター誌だった。

『ディフェンダーズ』:
ハルク、ナイトホーク、ヴァルキリーなど、アベンジャーズには“向かない”ヒーローが集まった異色のヒーローチーム。

『X-MEN』:
1994~1996年に小学館プロダクション(当時)から全17巻が刊行された。当時、アメリカで大人気だったX-MENシリーズを、ジム・リー作品を中心に掲載した。

『マーヴルクロス』:
1996~1997年に小学館プロダクション(当時)から全17巻が刊行されたアンソロジー誌。『X-MEN』を中心にしながら、『インフィニティ・ガントレット』、『キャプテン・アメリカ』など、様々なマーベルタイトルを収録した。なお、本誌終了後は、『オンスロート』『ゼロ・トレンランス』など、ストーリーごとの刊行となった。
ちなみに「マーヴル」との表記は、当時、ジェームズ・キャメロン監督の『スパイダーマン』(実現せず)を皮切りに世界戦略を狙っていたマーベル・エンターテインメントの環太平洋地区担当であった極東オフィスの発案によるもの。

『スポーン』:
1995~2000年にメディアワークスから全26巻が刊行された。マクファーレン・トイズ製のアクションフィギュアともども大人気となり、最盛期には、原作者のトッド・マクファーレンが来日し、「ニュースステーション」に出演したほど。

『DC VS.マーヴル』:
1996に刊行された、DCとマーベルのクロスオーバー大作。両者のヒーローが激突し、勝敗は読者投票で決定された。スパイダーマン(ベン・ライリー)は、DCのスーパーボーイと対決。見事に勝利を収めている。

「マキシマム・カーネイジ」:
1993年にスパイダーマン関連誌で展開された全14話のクロスオーバー。スパイダーマン&ヴェノム連合軍とカーネイジ軍団の激突を描く。ビデオゲーム化もされており、中でもメガドライブ版は高額のプレミアがついている。

『オンスロート』:
1997~1998年に小学館プロダクションから全4巻が刊行された。悪に染まり、怪物オンスロートと化したプロフェッサーXと、ヒーロー達が激突する。「クローン・サーガ」中の出来事であり、3巻に『アメイジング・スパイダーマン』#415、『スパイダーマン』#72を収録。

実写ドラマ版『スパイダーマン』:
1977~1979年にCBS-TVで全14話を放送。待望の実写版スパイダーマンではあったが、コミックのヴィランは登場せず、肝心のアクションにもキレがなく、同時期に放映された『超人ハルク』の人気には遠く及ばなかった。日本では、パイロット版が劇場公開され(併映は『溶解人間』)、1,2話をまとめた『スパイダーマン プルトニウムを追え』、12,13話をまとめた『スパイダーマン ドラゴンズ・チャレンジ』がビデオ公開された。

インビジブルウーマンの流産事件:
『ファンタスティック・フォー』#268(7/1984)での出来事。ネガティブ・ゾーンでの第2のハネムーン中に第2子を妊娠したインビジブルウーマンだったが、やがて赤ん坊は放射線を発するようになり、ハルクことブルース・バナーやモービウス、ドクター・オクトパスなど、善悪の枠を超えた放射線の専門家らが対策を練ったものの、赤ん坊は死産に終わってしまった。後にこの赤ん坊は兄であるフランクリンの無意識のパワーにより出生直前に救われていたことが明らかとなり、今度は、FFの宿敵であるドクター・ドゥームの協力で無事に出産を迎えた(ドゥームはその見返りに赤ん坊をヴァレリアと名づけた)(『ファンタスティック・フォー』v3 #54(6/2002)での出来事)。

石川裕人
翻訳家。1993年よりアメコミの邦訳に関わり、数多くの作品の翻訳・プロデュースを手がけている。