見出し画像

【おしえて!キャプテン】#36  2023年総まとめ! 心に残った海外コミック4選

キャプテンYことアメコミ翻訳者・ライターの吉川悠さんによる連載コラム。今回は「本当は昨年末に掲載しなきゃいけなかったのに編集部の都合で掲載が遅れてしまったアメコミ2023年総まとめ記事(!)」をお送りします。(年末の業務に忙殺されていて、記事の編集が間に合いませんでした……! ごめんなさい、吉川さん!)

2023年ベストコミック4選

2024年最初のコラムです! 今回は、2022年12月に掲載した『2022年総まとめ! 心に残った海外コミック6選』の2023年度版をお送りしたいと思います。

本当はもっとピックアップしたかったのですが、今回は4冊にとどめました。引き続き、方針としては、ランキングにはしないこと、刊行年度には拘らずにまとめています。「こんなコミックもあるんだ……」と興味を持っていただけたら幸いです。

※紹介しているタイトルはすべて未邦訳です。

『Far Sector』

『Far Sector』
(DC)

タイトルではわかりづらいのですが、DCユニバースのグリーンランタンの物語です。

ライターを担当しているN・K・ジェミシンは、日本ではSF小説《破壊された地球》三部作の方で有名かもしれません。ジェミシンはこの三部作全てでヒューゴー賞を受賞しているのですが、この『Far Sector』も、2022年にヒューゴー賞を受賞しています。

主人公ソジャーナー・“ジョー”・マレインは、地球から遠く離れた星系区域(ファー・セクター)で活動する、地球出身のグリーンランタン。彼女が駐在するエンデュアリングは3種類の種族が共存する巨大都市で、有翼種族、肉食の植物種族、そしてA.I.種族が、自分達の感情を抑え込む処置を施すことで共存しています。しかし、感情がないはずのこの街で500年ぶりの殺人事件が起き、それをきっかけに都市の枠組みそのものが揺れ動く……というミステリー仕立てのSFコミックです。

同書のポイントの一つは、ジョーがエンデュアリングで見る異種族たちの営みが、彼女が悩んでいた人間社会の問題とどこか似ていること。例えば、住人が感情を抑制されているため、エンデュアリングでは、芸術や知的財産については輸入せざるをえません。自らの生存のためにミーム(*1)を必要とするA.I.たちは、必然的に経済的に不利になるため、なかには暗号通貨を掘り出すためのマイニング(*2)労働に従事する者A.I.まで出現する。「こ、これは社会構造に組み込まれた差別の話!」と唸ってしまう演出です。

DCの主流の流れからすると少しイレギュラーなお話ですが、いまグリーンランタンで1冊お勧めするなら、あえてこれ!という本でした。

*1―ミーム:『利己的な遺伝子』などで知られる生物学者リチャード・ドーキンスによって名付けられた概念で「模倣によって人から人へと伝えられる文化伝達の基本単位」のこと。インターネットを通じて、人から人へと模倣として拡がっていく行動、コンセプト、メディアを指す「インターネットミーム」などの用語でも知られる。

*2—マイニング:ビットコインなど仮想通貨の取引において、コンピューターによる膨大な計算を必要とする取引の検証・承認作業に協力し、その見返りとして報酬を得る「採掘」行動のこと。


『Doctor Strange: Fall Sunrise』

『Doctor Strange: Fall Sunrise』
(MARVEL)

本書は、『シルバーサーファー:ブラック』の異次元のアートで日本の読者の度肝を抜いたトラッド・ムーアが、満を持して送り出したミニシリーズ。『シルバーサーファー:ブラック』はドニー・ケイツとの共作でしたが、今回はムーアがライターも担当しています。

赤い太陽が照らす、危険に満ちた異世界で目覚めたドクター・ストレンジ。彼は彷徨いつつ、その異世界を救うための冒険に乗り出す………という、あらすじだけ聞くと本当に単純なストーリーです。マーベルが公式に掲載しているあらすじもあっさりしたもので、その代わりに圧倒的なアートが前面に押し出されていました。

しかし、実際に読んでみると、単純なあらすじでありながら、宗教や人間の精神、そして生と死に関する思索に満ちた作品です。特に、異形の神々の戦いに巻き込まれたストレンジが、自らが「治療者」であることを悟るに至るまでの過程は、何度でも読み返したくなるほどでした。

なによりもこのコミックの中で描き出される異世界が、ことごとく異様で、醜く、そして美しい。ムーアが若い頃から惹かれてたというカソリックのモチーフを散りばめたサイケデリックなアートが本書では存分に披露されています。

トラッド・ムーアはマーベルのインタビューに対して、「ドクター・ストレンジの物語は、自分たちが知っていること、期待していること、そして夢みていることの、さらに先へと私たちを届けるべきだ。自分たちの内側を見つめ、見たものについて正直になるよう促すものであるべきだ」と答えています。

ドクター・ストレンジという題材は、スタン・リーとスティーブ・ディッコが手がけていた初期の頃から、幻覚や哲学の要素を持っていました。まさにその伝統に沿った一作といえるでしょう。


『Jack Kirby: The Epic Life of the King of Comics』

『Jack Kirby: The Epic Life of the King of Comics』
(Ten Speed Graphic)

ジャック・カービーといえば、ヒーローコミックスの巨人です。特にマーベル・ユニバースは、この人なしには成立しなかったと言っても過言ではありません。

この読み切りグラフィックノベルは、ジャック・カービーのインタビューを元に構成された伝記漫画です。貧しい移民一家で育ったカービーが、さまざまな苦労を経て偉大なアーティストとなった過程、そして、その遺産が我々の周りにいかに溢れているかが描かれています。

作者のトム・シオリは、カービーの影響を色濃く受けた特異な作風で知られています。そのアートは一見稚拙に見えますが、そこに込められたエネルギーは人を惹きつけてやみません。

カービーの作風を取り込んできた彼が、ついにこんな企画を手がけるとは...…と感慨深く思いながら読んでみたところ、その内容にたじろいでしまいました。というのも、本書はデフォルメされたカービーが、自分の人生を一人称で語る形式なのですが、他人から異論が出ている話もそのまま事実として取り込んで描かれているように読めたからです。

ですが、徹底的に本人の視点と意見にこだわって作るというのも一つの手法です。偉大なクリエイターの人生を、彼を崇拝するクリエイターが本人の眼差しで再構築したわけです。

「本当にその話をそのまま入れるの?」と感じる部分もありましたが、まさにファン魂の結晶と言える本でした。ただ、カービー初心者の場合は、日本語版のある『ジャック・カービー アメコミの"キング"と呼ばれた男』(フィルムアート社)をまず一読した方がいいかもしれません!


『The Night Eaters Vol. 1: She Eats the Night』

『The Night Eaters Vol. 1: She Eats the Night』
(Titan Comics)

最後にご紹介する『The Night Eaters Vol. 1: She Eats the Night』は、『モンストレス』シリーズで何度も各種の賞を受賞したマージョリー・リウとタケダ・サナの2人が送るグラフィック・ノベルです。

コロナ禍でなんとかレストランを切り盛りしようと、ニューヨークで必死に働いている中国系移民の双子のきょうだいの元へ、両親が訪れるところから話は始まります。昔からとにかく2人に厳しい母親は、近所の気持ち悪い廃屋に興味を示して2人を無理やり調査に巻き込むのですが、出会った怪異を前に母親は謎めいた行動を取る……というストーリーで、廃屋の謎を通じて一家の秘密が明らかになっていきます。

アジア系移民の「あるある」を取り入れながら、かつ非常に現代性に富んだホラーコミックでした。アジア系アメリカ人の移民第一世代の母親と、アメリカで育った子供の衝突というテーマも非常にうまく織り込まれています。さらに最後のオチにたどり着いた時には、昔の日本のホラー漫画のような読後感を感じました。本書は3部作の第1巻ということで、すでに2巻も刊行されています。続きにも、ぜひ期待したいところです!


以上、2023年に心に残った海外コミック4選をお届けしました。2024年は、どんな素晴らしい作品が登場するのか、楽しみですね!

◆筆者プロフィール
吉川 悠
翻訳家、ライター。アメコミ関連の記事執筆を行いながらコミック及びアナログゲーム翻訳を手がける。訳書近刊に『スーパーマン:サン・オブ・カル=エル』『アベンジャーズ:チルドレンズ・クルセイド』『キング・イン・ブラック』(いずれも小社刊)など。Twitterでは「キャプテンY」の名義で活動中(ID:@Captain_Y1)。

★最後までお読みいただき、ありがとうございます。アカウントのフォローと「スキ」ボタンのクリックをぜひお願いいたします!