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Q:「手品をはじめて変わったことは何ですか?」

 「変わったこと」を説明するのには、マジックに夢中になった理由から説明しないといけません。 

 手品をはじめたのは小学校4年生の頃でした。でも、それよりもずっと前から僕は「クラスの人気者」になりたいって思ってたんです。当時のクラスメイトの一人「大庭くん」は特別身長も高くないし、運動神経も真ん中くらい。でも学校の休み時間になるといつも彼の机の周りをみんなが囲ってワイワイ話してるって印象で、彼は正にクラスの「人気者」だったんです。僕も人気者になりたくて、お笑いの人のギャグを言ってみたり、モノマネしたりしましたが、でも人気者になることはできませんでした。時には、形から入ろうと大庭くんの真似をして休み時間に誰かの所に行くのではなくて、同じ様な「姿勢」や「態度」で自分の席で、じっと待っていました。やってみましたが…結果は「誰も、来ないやん…」でした。
 そりゃそうですよね。多分、僕は自分勝手でワガママな性格だったんだと思います。人気者になれるわけありません。そんなある日、緒川少年はマジックというものに出会ってしまったんです。それから人生が変わりました。マジックが少しできるだけで周りに沢山の人が集まるんですよ。求めていた「力」を手に入れたと実感しました。マジックってものは「万能な力」だと。でも少し問題がありました。それは「マジックをはじめると人が集まるのに、終わるとなぜかみんな離れてく」子供ながらに考えました。この問題を解決する最初の答えは「ネタ数が増えれば良い」ネタが1つでは場が持たないので、どんどん覚えてやるという感じです。「もっと力が欲しい。知識と技術が欲しい」と没頭していきました。ネタ数もかなり多くなり、ツッコミにも強くなり。それはそれは、立派で見事なオタクマジシャンとして成長していったのです。

 それに対して、人気者の大庭くんはというと…今思えば、何も特技を見せてませんでした。後で知ったことですけど、彼は政治家の息子で、小さい時から魅力的に人と付き合う父親を見て育ってきたらしいのです。人の話をよく聞いて頷きながら、さらに面白い言葉を返す。でもその言葉は人を傷つけるものではなくて、相手を認めてあげたり、嬉しくしたり。彼は小学生ながらに「魅力」をすでに持っていたのだと思います。小学生の時はそんなこと分かりませんし、やっているうちに「なんでマジックをはじめたのか」なんてどうでも良くなりました。気がついたら学校も卒業して、いつの間にかプロになってて、アメリカに引っ越して、世界中で呼ばれるようになって。英語も少し話せるようになっていました。
 そして今から10年位前にとても印象的な事があったんです。ブラジルで呼ばれたマジックのイベントです。ポルトガル語圏なので、僕のつたない英語などほとんど通じませんでした(がマジックって言葉の壁を超えてショーができるんですよね)。イベント2日目、ショーを客席で見てたのですが、あんまり面白くなくて。途中で抜けて、大きなディーラールーム(フリマみたいな感じ?)に行って、一人で自分のテーブルの後ろに座って、ぼーっとしてたんです。しばらくすると他のブラジル人のマジックファンの人たちが少しずつディーラールームに入ってきました。まだ明らかにショーは進行中だったので、彼らにとっても、つまらなかったのかもしれません。僕は彼らに余った椅子を貸してあげたり、ボトルの水をあげたり。みんながのんびりしやすい環境を作って、間ができたらゲストショーのマジシャンのモノマネしたり(←失礼だからやめましょう)。言葉は通じないけど、みんなでワイワイやってました。そして、ふと周りを見回すと10人くらいの人達が楽しそうに僕のテーブルを囲って過ごしていたんです。
 それを見たとき、急に小学校の当時のことを思い出しました。自分が憧れた、あの場所に自分が座っていたんです。何か特別な事をするんじゃなくて、マジックすらもしてなくて、ただみんなが居心地が良いようにして、その中に自分が居る。 20数年間マジックをしてきてようやく昔、憧れた本当になりたい「自分」になれていた事に気がついたんです。本当に嬉しかった。マジックをやってて本当によかった。


「マジックをはじめて変わったことは何ですか?」
の質問に対しての答えは、
「なりたい自分になれた」です。

 マジックと出会ったその日に、僕の人生は変わりました。本当にそれを実感できるまでに20数年かかりました。でもそれは、何十年もかける価値があるものでした。

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