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デンマーク滞在記録3 【Poesy&History】

どうも。
気づけばデンマークでの滞在も半分に差し掛かっております。

雨の日が多く、なんともデンマークらしい気候であります。
先日は一昨年3ヶ月ほどChange Makers Collegeの活動のサポートで来てくれた家族の皆さんのところにお伺いしてきました。

ご家族の皆さんとの食事風景

2021年にCMCの活動を知り合いを通じ知ってくれたらしく、ぜひ日本にサポートに行きたいということで家族みんなで3ヶ月という長い時間の滞在を計画し実際に来てくれました。

2022年にきてくれた時に比べて、みんな身長も含めて大きくなっていてなんか勝手に驚いてしまいました。笑

お父さんは図書館司書をやられており、いわゆる社会教育ど真ん中です。
お母さんは学校先生の資格を持っている方で、僕らもよく交流しているDen Frie Lærerskoleというフリースクールやフォルケホイスコーレの教員のための学校の卒業生です。
*今回の記事ではフォルケホイスコーレについては特段取り上げる感じにはしないので、知りたい方はぜひ「フォルケホイスコーレ」と調べてみてください!

途中、彼女との話の中でフォルケホイスコーレの思想の源泉であるグルントヴィと実践によって形を作ったクリステン・コルという二人偉人の考え方にも共通するお話が出てきました。

「History」と「Poesy」

人はこの二つの要素を通じて、人として多くのことを学び成長(発達)していくのだというお話。

「History」とは、一人ひとりにあるもの、その人の生まれた国や文化に根付くもの、世界に根付くもの。
さまざまな角度から自分という根に広がるHistoryを学ぶというイメージです。
これは日本でも教育課程の中で十分に行われている方のことのように聞こえます。
また、人生グラフなど自分自身の深掘りや過去を深掘りしていくようなアプローチもこれに近いのかなと思います。


もう一方が「Poesy」
身体性という感じで訳してもイメージは湧くと思います。でも身体性だけでは表現されていないこともあると思うので詩的感覚という感じでしょうか。
この中には、人との出会い、対話、音楽やアート、物語や自然、ものづくりなどなどが含まれます。
感性の世界から学ぶというイメージかなと思います。
日本ではこっちの感覚が非常に重要視されていないのだと思います。
また、対話も豊かな体験を通じた感性の世界に基づいた対話ではなくどちらかというとHistoryの文脈で行われていることも多いのではないかと思います。

十分な人の発達、成長にはどちらか一方だけでは十分ではなく、
二つの要素が影響し合いながら人々は学ぶことができるというもの。

個人的には
「History」な世界では倫理や哲学、言葉による世界の抽象的な輪郭を捉えることができ
「Poesy」な世界では、Historyの世界観では答えが出せないような具体的な出来事に対して、想像力や思いやり、創造力を駆使して生きていくということを学ぶことができる。

この感覚には非常に東洋的な側面があるなと勝手に思っているのです。
実際にやってみないとわからない。

グルントヴィが言っている「エンライトメント」という概念が人の発達において重要なのであれば、やっぱり詩的な世界はとっても人が暮らしていく上で重要な要素になるのだと思いました。

「Poesy」ってなんかいいよね。

高速のパーキングにある森

*色々な情報がすっ飛んでいるので非常にわかりづらいので、これまでの自分の中でのフォルケホイスコーレとの交流などから見えてきたことについてもまとめてみたいと思います。

それでは。

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