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(また散歩)映画を観に行っただけなのに②

前回のあらすじ。
デブとサイコパスという二人の友人と共に、映画を観に行った後に牛丼を食べようとしたところ、サイコパスに騙されて、1.6キロ先にあるすき家まで歩かされる羽目に。

僕たちは細くて暗い道を歩いていました。まだ夜十時だというのに、人が一人も歩いていません。まるでこの土地自体が呪われているかのような怪しげな雰囲気です。

サイコパスは上機嫌です。友人を騙して、1.6キロを歩くのはさぞかし楽しいでしょう。ニヤニヤしています。サイコパスの笑顔はこの世で最も恐ろしい笑顔だと、私とデブは考えていて、見るだけで迸る狂気を感じてしまいます。というのも、サイコパスは、一見物静かで優しそうな顔立ちをしていているのですが、その口角が上がった瞬間、目の色が消え、優しさの鎧に隠された彼の真髄が這い出てくるのです。なんと恐ろしいことか。彼の内部には優しさや良心は一切なく、淀んで捻じれた狂気や絶望しか渦巻いていないのです。

内面が狂気であればある程、外見はそれを隠そうと過剰な優しさや穏やかさを外側に纏おうとするのかもしれませんね。

僕とデブは、1.6キロなんぞ歩くのはうんざりで今すぐにでも電車に飛び乗って逃げ出したい気分でしたが、そんなことをしたら、サイコパスが何をしでかすかわかりません。こんな誰も見ていない夜の細道ですから、突然サイコパスがいつも身に着けている手提げからナイフを取り出して突き刺してきても、助けてくれる人はいません。

やむを得ず、僕たちは歩き続けました。

歩いても歩いても、すき家はおろか、お店一つ見当たりません。完全なる住宅街で、僕たちの三人の話し声や笑い声がやけに大きく響いているようで恐ろしいですし、近隣の方々に迷惑をかけているようで気が気でありません。

こういう狭い路地を歩いていると、デブが異常に怯えだします。前にも述べたことがありますが、デブは買ったばかりの新車を細い路地で無様にもこすったことがあり、どうしてもその記憶が甦ってしまうそうなのです。哀れですが、自業自得です。新車を買って調子に乗っていた罰が与えられたのでしょう。僕はその現場にいなかったのですが、サイコパスが助手席に乗っていたようで、サイコパスにしては珍しく、本気で「危ないんじゃない?」と忠告したそうですが、車を持っていない奴が偉そうに指図するんじゃないと、デブは驕った独断でアクセルを踏み続け、左後部に傷を負ったというわけです。

すき家の看板が見えました。夜闇に光るすき家の文字は、疲れも相まって、中秋の名月のように神秘的な光を帯びていました。

深夜のすき家程食欲をそそるものはありません。僕たちは特盛を超えたメガ盛りをペロリと食べ尽くしてしまいました。あまりにお腹が空いていて、写真を撮るのを忘れていました。僕とサイコパスはネギ玉牛丼を食べ、デブはチー牛をチー牛のように頬張っていました。

食事を終え、1.6キロを歩いて戻るくらいならできそうだと思っていた僕ですが、横を見て、思わず震えてしまいました。サイコパスがまたその口元に狂気的な笑みを浮かべているではありませんか……!
「家まで歩いて帰るぞ」
そう言うのです。

家までの距離、五キロ。


続く

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