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宝島 

コロナによるパンデミックで世の中の人々の生活様式は大きく変化させられました。日本ではようやく緊急事態宣言が取り下げられ、通常の状態に戻りつつありますが、ニューノーマルと言われるとおり、変わってしまった常識は元に戻る事はなさそうです。パンデミック後に私自身に起こった出来事を鑑みれば、最も大きな変化は今まで見向きもしていなかったサブスク型動画配信サービスにすっかりはまってしまったことだと思います。そこで感じたのは、NetflixやAmazon Primeビデオは完全にインフラ化して一般市民の生活に溶け込んでいると言う事実です。毎夜のように見逃した映画や話題になっているアニメを見まくって新しい発見や最新のトレンドを理解したりと良いこともありましたが、くだらない時間を過ごした、と後悔することも少なくなく、私にとってのニューノーマルは善し悪しの判断ができない複雑な印象です。

動画を凌駕する小説

そんな新しい生活様式への変化があって今までと違う時間の使い方をするようになった結果、玉突き的に弾き飛ばされたのは読書に使う時間です。年齢とともに文字が見えにくくなり細かな文字の本を読むのが億劫になった事も合わさって、つい動画、映像を観るのに走ってしまい、このところずいぶんと読書量が減ってしまいました。そんな中でも、たまにすごく引き込まれる作品に出会うこともあり、その作品を読んでいるときはNetflixを苦もなく封印することができます。ここ最近で最も心を奪われたのは「宝島」と言う直木賞を受賞した作品です。私が5歳の頃(1972年)に行われた沖縄返還前後の沖縄を舞台に敗戦後のアメリカによる統治下の苦渋に満ち溢れた苦難の時代、鉄の暴風にさらされて焦土と化した島の中でもたくましく輝きを失わずに生きていく若者たちを島言葉をふんだんに用いて生き生きとしたリズムで描写した非常に斬新な作品でした。既に映画化の企画が立ち上げられているようで、逆に映像化された作品もとても楽しみですが、久々に魂の震えを感じさせるような圧倒的な名作だと感じました。以下に作品の特設サイトを紹介します。

コザ暴動の記憶

この物語の最後の幕引きの舞台は現代の日本では想像もつかない、アメリカ軍に対して暴動を行ったコザ暴動で、1970年(私は3歳!)12月20日未明にアメリカ施政権下の沖縄のコザ市(現在の沖縄県沖縄市)で発生したアメリカ軍車両および施設に対する焼き討ち事件が舞台として設定されていました。暴動が起こった直接の契機はアメリカ軍人が沖縄人をひいた交通事故(飲酒轢き逃げでも無罪放免が常套!)ですが、背景に米施政下での圧制、人権侵害に対する沖縄人の不満があったのは、沖縄返還後に基地が残り、本当の意味での領土返還にはなっていない問題とともに現在の普天間、辺野古基地移転問題と合わせて今も語られています。3歳から5歳だった私がその当時のニュースを覚えているわけは無いのですが、物心ついた頃に見聞きして沖縄に戦争の跡形が今も強く残っているとの認識を持つ記憶の片隅にその事件も引っかかっています。自分が生きた昭和の時代はまさに戦後だったのだとの認識を改めて再認識させられました。

魂を揺さぶられる体験

私の場合、一時期首里城の近くに親兄弟が住んでいて、沖縄が実家になっていたこともあり、沖縄に行くたびにウチナーと間違えられる事が多く、私自身が沖縄人っぽい風貌と雰囲気を持っているとよく言われたこともあり、宝島に描かれていた私が生まれた頃に沖縄の島で起こった物語が他人事に思えず、深く感情移入してしまいました。YouTubeやNetflixなどの動画配信全盛の時代に頭の中でイメージを湧き起こし、心を揺さぶられる小説の素晴らしさを改めて見直すとても良い作品に出会えたことを心から嬉しく思います。ご一読を強くお勧めします。

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心を鍛える研修をしています。

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