1000円の初恋 #妄想ショートショート
身の回りにあるものから想像して物語をつくる、妄想ショートショート。今回は、SNSで見つけた「ある写真」から、物語を妄想してみました。それではどうぞ。
「1000円の初恋」
ーー初恋は実らないもの。多くの人が経験したように、私にも、叶わなかった恋があった。
彼との出会いは、まだ私が幼稚園に通っていたころ。ほのかに甘い香りがする季節だった。彼とその家族は、私の家の正面に引っ越してきた。「行ってきます」から「こんにちは」まで約15秒のその距離は、2人の距離を縮めるには充分すぎた。
「緑色が好き」と言っていた彼。私の思い出も緑色でいっぱいだ。洋服も、自転車も、彼の部屋のカーテンも緑色だった。
彼が引っ越してきてからは、お互いの家を行き来して遊んだ。絵を描くことが好きだった2人は、一日中絵を描いて過ごすことが多かった。思い出すのは、彼が好きな緑色と、私が好きな色の2色で描いた鉄棒の絵。
「カラフルな鉄棒だね」「こんな鉄棒があればいいのに」なんて話しているだけで、楽しかった。
……ある日から彼とは会えなくなってしまった。当時、母に理由を聞いても教えてはくれなかった。
「なんだか体調が悪いみたい」
なにを聞いてもそればかり。
……しばらくして私たち家族は、父の転勤に合わせて引っ越した。友達と会えなくなるのは辛かったけれど、新しい場所で友達も増え、それはそれで楽しく過ごしていた。
そういえば、彼はどうしているんだろう? 何か月かが経ったころ、不意に気になった。一度奥にしまっていた思い出は堰を切って出てきて、口から母へと飛び出た。
「まだ、体調良くないんだって」
と母は答えた。心配になった。そうだ、手紙を書いてはどうだろう。送り方はわからなかったけど、「いつか届くといいな」なんて思って、おばあちゃんからもらったお年玉を使って、人生初の手紙を書いた。
……彼が死んだと知ったのは、高校生のころだった。いつか会いたいと思っていた彼とは、テレビの中で再開を果たした。
「若すぎる男の子の10年間の闘病生活」とうたれたテロップと同時に映っていたのは、彼の名前と、痩せた男の子。そして、見覚えのある下手な絵だった。
「黙っていてごめんね」
一緒にテレビを見ていた母は、泣きながら私にこれまでのことを話してくれた。彼が5歳から入院していたこと、治りにくい病気だったこと。そしてそれを、私が悲しまないようにと話さないでいたこと。
お母さんは、私がいつか忘れると思って話さなかったらしい。忘れるわけがないよね、今思うと私の初恋だったんだから。
私の知らない彼の10年間を追った番組を見ても、涙は出なかった。違う世界のように感じて、実感がわかなかったから。
ーーそれから数年が経ち、私は大学生になった。
「お札になんか書いてあったww なにこれww」。SNSの中で、私が書いた手紙を見つけた。
「あーあ、あのころの私、笑われちゃってるよ」
とつぶやき、思わず笑ってしまう。笑うと同時に、なぜか鼻の奥が熱くなる。
「届ける相手、間違ってるよ」
次はSNSでつぶやいた。なんだかズシリと胸が重くなった。息苦しくなって窓を開けると、彼の匂いがした。……そんな気がした。
【おしまい】
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「さよならを言えないこと」
少女は結局、子供の頃のあの人と「さよなら」を言わずに別れてしまいました。そのまま二度と会えなくなるなんてことは知らずに。
人との別れは、時に突然訪れます。それは20年後かもしれないし、明日かもしれない。それがあなたにとって大切な人かもしれないし、そうではないかもしれない。
なんて、当たり前の話ですが。
ただ、それよりも辛いのはもしかすると、「さよなら」を“言う相手がいないこと”なのかもしれません。
次回お話するのは、「世界一孤独」と言われているクジラのお話です。仲間に聞こえない音域でしか鳴けないクジラは、いっつも一人。暗い海の中で、何を考えて泳いでいるのでしょうか。そしてそのクジラは、本当に「孤独」なのでしょうか。妄想してみました。
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それではまた次回!
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