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誕生日のパラドックス #妄想ショートショート

「運命を演出しようじゃないか」

昼時を過ぎて閑散としたファミレスで、雲仙悦人(うんぜん・えつと)は、二重線だらけのノートを1ページめくった。

「何かいいアイデアでも? 」

向き合う鯨津瓜(ときつ・うり)は、悦人の輝いた目に、停滞した“ランチミーティング”の終着点が見えた気がした。右目に移る夕日が眩しい。

「いいことを思いついたんだ。誕生日のパラドックスだよ」

このnoteはマガジン「妄想ショートショート」に含まれています

***

誕生日のパラドックス

瓜と悦人は、シェアハウスで同居している。シェアハウスとはいっても、同じ物件に50人以上の入居者がおり、それぞれのプライベート空間が保たれた、いわゆる“大型シェアハウス”という所が2人の住居だ。

そのシェアハウスの入居者を集めて、ちょっとしたパーティを行おう、という動きがあったのが3週間前、そして実際の開催日は1週間後に迫っていた。

「企画係ってのも、大変だよね」

悦人がノートの新しいページに何やらメモを書きだしている間、瓜が独りごつ。

「そう? 俺は結構好きだけどね。せっかくだから、うならせようよ、みんなを。俺たちの企画力で」

悦人はメモを書く手を止め、思いついたアイデアを瓜に伝えるために、頭の中で説明を反すうする。手持無沙汰の瓜は、ほぼ氷だけになったメロンソーダを音を立てて飲み干して、話しだす。

「企画力、ねぇ……。で、その肝心の企画、思いついたの? 私にも教えてよ。なんだっけ、誕生日のパラドックス? 」

「……うん、これでよし」

説明の準備を終えた悦は、瓜の言葉を無視して話し出す。

「瓜はさ、これまで生きてきて、『誕生日が同じ人』に会ったこと、ある? 」

「誕生日が同じ人、かぁ。そうだね、何人かはいるかな。友達の親戚とか、芸能人とか」

「じゃあさ、ちょっとした問題なんだけど、例えば、このファミレスに50人のお客さんが入っていたとするでしょ? 」

「まぁ、今は私たちくらいだけど」

「入店したころにはいっぱいだったのになぁ。もうそろそろ出ないと迷惑かもね」

「大丈夫でしょ。大盛りポテトもドリンクバーも頼んで、十分上客よ」

「回転率と客単価を下げる典型的なパターン……ってそんか話はどうでもよくて! えっと、そのファミレスにいる50人の客の中に『誕生日が同じ人』がいる確率ってどのくらいだと思う? 」

「え? えーっと、1年が365日でしょ? 全体で50人で、その人たちの中で誕生日が被っている人は……、どうなんだろ? 単純に、365分の50とすると、まぁだいたい7分の1とかかな。だから、14% とか、その辺」

「気持ちはわかるけど、実はもっともっと高いんだよね。実際の確率は、97% になる

「え、ちょっと待って意味が分かんない。どういう計算なの? 」

「ふふふ、まぁ説明するから落ち着いてよ」

悦人は得意げに、数式の書かれたノートを180度回転させ、瓜に見せた。

「簡単な話さ、確率の計算だよ」

誕生日一致の確率

悦人は説明を続ける。

「瓜って理系だったよね? 」

「うん、一応」

「じゃあ、そんなに難しい話じゃないからわかるはずだ。順に説明するね」

悦人はペンを指し棒代わりにして、メモを上からなぞる。

「うわぁ、数式とか見るの久しぶりだなぁ……」

「まずは前提条件から。1年を365日として、うるう年は考慮しないことにする」

「ふむふむ」

「ここで、50人の誕生日のすべての組み合わせは、何通りかわかる? 」

「えー、365の50乗……だよね、さすがに計算はできないけど」

「その通り。でも正直、そこから『1組でも誕生日が一致している確率』を求めるのは難しいから、今回は、全体から『1組も誕生日が一致していない確率』を引いてあげることで、答えを導く」

「あー、そっか。うん、なんとなくわかる。『1組も誕生日が一致していない確率』を求めて、1から引けばいいのね」

「そう。計算方法としては、さっきの『365の50乗』をアレンジすればいい。まず1人目の誕生日は、365日のうちどの日であっても問題ないから、365通りとする。次に、2人目の誕生日は、最初の1人とは異なる誕生日にすべきだから、365-1の364通り。3人目は363通り、4人目は362通り」

「つまりは、それを全部かけていけばいいのか。50人目は、364-49の315通りだから、315から365までの数を全部かけていく、と」

「そう。そして、その数字を全体の数字で割ると、数字はおよそ『0.03』になる」

「ということは、『3% 』ってことね。この確率は、『1組も誕生日が一致していない確率』だから、あ、ほんとだ」

「そう、このファミレスに50人の人がいた場合、『誕生日が同じ人』が1組でもいる確率は、97% になる」

「えー、信じがたい。けど、そういうことよね、計算したし」

「面白いでしょ? 実は、50人も人が集まれば、その中で、97% の確率で誕生日が同じ人のペアができる。この法則を使って、パーティでちょっとした盛り上がりを作れるんじゃないか、と思ってさ。だって、たまたま『誕生日が同じ人』が目の前に現れたら、運命感じるでしょ? 」

「たしかにね。だから『運命を演出うんぬん』って言ってたってことね。うん、それは面白いかも。ちょうどパーティに集まるのもそのくらいの人数だろうし、実際、本当に誕生日が同じペアがいるのか、気になるね」

「よし、確率は97% となれば、ほぼ確実だ。その“運命的なペア”にはちょっとしたプレゼントを用意しよう」

「男同士とかだったらウケるね」

***

――パーティ当日。

「さて、これからみなさんに奇跡をお見せしましょう」

悦人は、パーティの出席表に書かれた誕生日を見回す。予想通りだ、誕生日が同じペアが1組……いた、確かにいたが……

「え」「え」

司会を務める悦人と瓜は顔を見合わせ、声を重ねた。

「お前かい!」「あんたかい!」

2人は、事前に用意した2つのハート型のギフトをお互いに交換した。

【おしまい】

今回の妄想のタネ

今回の妄想のタネは、雑誌『ニュートン』で紹介されていた「誕生日のパラドックス」という話から。ほかにも、「ウソつきのウソ」「自動運転のパラドックス」等、非常に面白い考え方が載っているので、おすすめです。ちなみに、365の50乗は、自前の関数電卓でも弾き出せないほどの大きな数字でした……。

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