その口紅に魔法をかけて
ちょっと想像して欲しい。
あなたは今高校生で、
ある日火傷のせいで顔に傷ができたら。
どんな気持ちになるだろうか。
明日の仕事の支度をしていると
仕事用のメールに後輩から
「明日各自使っているファンデ持参してください!」
そう書かれていて首をかしげる。
ファンデーション?
どうしてだろう?
そんな風に思いながら、
カバンにファンデーションをいれる。
休憩室の机に、
それぞれのファンデーションが並べてある。
えー、これどこの?
これ使い心地どう?
そんな会話をしていたら、
後輩がたくさんのメイク雑誌を持って
休憩室に入ってきた。
「急にどうしたの?」
私の同期が後輩に話しかける。
「レイナちゃん、
昨日泣きながら帰ってきたんです。
好きだった人に振られたって。
顔の傷のせいだって」
後輩が悔しそうに話す。
レイナちゃんというのは、
高校生の女の子で身体と顔に火傷をして、
1ヶ月前に入院してきた。
治療も順調で医師からは
もうそろそろ退院してもいいかもね
という状況だ。
好きな人と会うと言って出かけたレイナちゃんは、病棟に帰ってきた時大泣きしたらしい。
「その傷が気になる。
歩いていても他の人がジロジロみてきて、
一緒に歩きたくない」
そうやって言われたそうだ。
「ああ、それでメイクってこと?」
私の同期が後輩に聞く。
「はい。
だってその男の子のことどうこう言ったって、
仕方ないじゃないですか。レイナちゃん可愛いし。このまま学校行けないのは何か。
私が嫌だっていうか!
まあ私が嫌なだけですけど!」
分かった。
じゃあ、どのファンデーションが
一番レイナちゃんの肌にあうか試そう。
そうやって時間は過ぎていった。
仕事の帰りに同期と話す。
あんな風にさ、
患者さんのこと思える後輩と働けるのって
嬉しいよね。
ふった男の子のことも悪く言わないのも、
あの子らしいね。
そうしてメイクの研究は続いた。
先生はちょっと呆れてたけど。
レイナちゃんは暗い顔をしていることが多かった。当たり前だ。
17歳の女の子が体にも顔にも火傷をして、
しかもそれを好きな男の子に否定されたのだ。
私が夜勤のとき、
レイナちゃんの同級生が面会に来ていた。
1人は女の子でもう1人は男の子。
レイナちゃんは火傷の傷を見られたくなくて、
マスクをして話している。
面会時間が終わった時に、
私はレイナちゃんのお友達に聞いてみた。
「高校ってやっぱりお化粧は禁止?」
いきなり話しかけられて驚いていた2人は、
少し考えながら教えてくれた。
「真っ赤な口紅とかはバレちゃうからダメですけど。でも別に派手じゃなければ平気だと思います。
先生もそこまで厳しくないし」
ありがとう、気をつけて帰ってね。
そんな会話をして2人を見送った。
レイナちゃんの薬を配りに病室に行く。
同級生が来ていたからか、
少し元気な顔をしている。
私から薬を受け取る時に、
レイナちゃんが私の右腕を見る。
「え? これどうしたの?」
その質問に私は答えずに笑って違う話をした。
ナースステーションから、
私の名前を呼ぶ声がする。
「あの、これ」
この間レイナちゃんの面会に来ていた子だ。
顔を真っ赤にした彼は、
私の前にピンクの紙袋を差し出した。
「これ。レイナに渡して欲しいんです。
もうすぐ高校の文化祭があって。
でも行くのどうしようかなって言ってて。
顔に火傷あってそれ気にしてるんだろうなって。
でも俺何もできないから」
直接本人に渡さないのか聞いたら、
お力を貸してください!
と言って帰って行った。
彼から文化祭の日を聞いて、
医師からは外出の許可をもらった。
後輩に文化祭の話を伝えたら、
「先輩その日夜勤明けでしたよね?
お願いがあります!!」
そんなことを言われた。
文化祭当日。
私は夜勤明けでレイナちゃんを大部屋から
空いている個室に案内した。
今日の夜は後輩が夜勤だから、
どんな状態でレイナちゃんが帰ってきても。
きっと大丈夫だろう。
「今日文化祭なんでしょ?
出かけても出かけなくてもどっちでもいいよ。
さて、今から退院に向けて指導をします」
えー。指導ってー。
レイナちゃんが笑ったところでメイクを開始した。あの日スタッフで選んだファンデーションを使う。下地を塗って、ファンデーションを塗って。
コンシーラーを使って。
火傷の跡は少しずつ薄くなる。
ねえ、レイナちゃん。
そうやって私は彼女に話しかける。
前に私の腕のこと聞いたでしょ?
これね。昔化学療法って言ってさ、
抗がん剤の治療をしている患者さんがいたの。
でね、その人抗がん剤の治療がさ、
本当に嫌だったんだろうね。
点滴をハサミで切って私の腕にかけちゃったの。
だからこの腕の傷は消えないし、
完全に治るのは難しいんだよね。
レイナちゃんの顔が申し訳なさそうになる。
メイクをしながら私は続ける。
こういう傷ってね。
どうしたの?とか可哀想とか。
興味本位で聞いてくる人たくさんいるよ。
気持ち悪いって言われたこともあるよ。
でもね。本気で心配してくれる人もいるよ。
傷自体をね、
たまに神様からの試練だとか言う人もいるけど、それを言っていいのは傷を持った本人だけ。
だからレイナちゃんが言われて嫌だなって。
そう思ったことは、大切にしていいんだよ。
泣いて落ち込んだっていいんだよ。
でもね。
あの男の子が持ってきた口紅を塗りながら続ける。
鏡を見て、マスカラをつけて、口紅を塗って。
誰かを思ってさ、
自分をもっと可愛くて綺麗にしてあげる。
そんな女の子の姿を可愛いって思う男の子も
沢山いると思うよ。
はい。完成!!超可愛いじゃん。
文化祭に行くかどうかは聞かなくても
顔を見たらすぐに分かった。
もし学校の先生に怒られたら、
病棟に電話するように言って。
メイクは治療のひとつなんですって説明するから。
そう伝えて文化祭にレイナちゃんは向かった。
あの男の子がプレゼントしてくれたんだよ。
レイナちゃんに口紅を手渡したとき、
顔が真っ赤になっていて、
チークはいらないくらいだった。
文化祭はとても楽しくて。
レイナちゃんは火傷よりも、
口紅が落ちていないか気になったらしい。
鏡を見るたび、火傷じゃなくて
プレゼントしてくれた口紅の色が
自分を幸せにしてくれたそうだ。
レイナちゃんが退院の日。
看護師チームの私達が彼女にプレゼントしたのは、1冊のノート。
イラストが上手な後輩が
メイクの方法を全部書いていた。
最後のページには、
病棟スタッフ全員からレイナちゃんへ
退院おめでとうのメッセージ。
「私これ皆に自慢する!」
そう言いながら退院していった。
あの日の口紅が、
いつもレイナちゃんの味方をしてくれますように。
そうやって願ってる。
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
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