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泣かない君が泣いた日

なにこれ

休憩室のカレンダーには
赤色のペンでリボンのマーク。
しかも控えめではなく、かなり大きい。

この日何かあったっけと思ったら、同期のひーちゃんが休憩室に入ってきた。
「ああ、これね。マイちゃんの手術の日。ユキが書いてた」

ユキは私たちの後輩で、看護師2年目になる。
私たちが働く病棟は成人と小児が一緒にいるちょっと珍しい病棟だ。

マイちゃんは9歳の女の子。手術をする予定だ。
リボンのマークを眺めながら、この日が手術かと思っていたら、ユキが休憩室に入ってきた。

「マイちゃんにプレパレーションするの?」
とひーちゃんがユキに聞く。
その準備を今しているところらしく、私たちに先に見て欲しいと言ってきた。
プレパレーションというのは、子供自身に手術や検査はどんな風にするか情報提供や疑似体験をしてもらって心の準備をすることだ。

マイちゃんは、ちびっ子の病室だとお姉さんのほうだ。
4歳や5歳の子達が多いので、たまに違う子が泣いているとあやしてくれたり面倒を見てくれる時がある。

でも。
忘れてはいけないのは、マイちゃん自身がまだ子供の年齢ということ。
しっかりしてるから。
泣かないから。
面倒見がいいお姉さんだから大丈夫。

そんなことをこちらが思ってしまいがちだけれど、それは違うと教えてくれたのは師長だ。

ユキが用意したのはウサギのぬいぐるみ。
マイちゃんがウサギになって、どんな手術を受けるのか説明していく。

その言葉だと難しいとか。
それなら実際の血圧計も一緒に見せて触ってもらおうとか。
気がついたらプレパレーションの練習を1時間くらいしていた。

マイちゃんは、採血する時も黙って腕をさしだす。泣き喚く子がたくさんいる中、終わるまで叫んだり泣いたりしない。
「マイちゃん、終わったよー。今日も協力してくれてありがとう」
その言葉にマイちゃんはちょっとほっとした顔をする。

私はいつもマイちゃんが泣かないことや不安を口にしないことが気になっていた。
同期のひーちゃんも同じことを思っていたみたいで休憩室でその話になった。

どんな検査の時もマイちゃんは泣かない。
泣かないから偉いとかすごいとか。そうやって褒めるのはやめようというのが私たちの病棟のルールだ。
そういえばユキはどうしてカレンダーにリボンのマークをつけたんだろうと思ったら、マイちゃんがいつも大切にしているぬいぐるみのトレードマークだと教えてくれた。
ああ、確かに胸元にリボンがついてる。

ユキがマイちゃんにプレパレーションをする日。私も同席した。
実際に使う血圧計、点滴、聴診器。
手術のあとはどんな状態になるか。
ユキがぬいぐるみを使って説明していった。
マイちゃんがずっと大事にしているウサギのぬいぐるみ。
それを手術室に持っていきたいとマイちゃんが言う。
確認するから時間をちょうだい。
そう言ってマイちゃんに伝えるとすごく不安そうな顔をした。

夕方にマイちゃんが大事なぬいぐるみを持ってナースステーションにやってきた。
ユキがすぐに気がついてナースステーションの中にマイちゃんを案内する。

私は丁度手術室にぬいぐるみを持ち込んでいいか聞いているところだった。
マイちゃんの手術に入る看護師が私の同期で、病棟まで来てくれることになった。
手術室には看護師が行う術前訪問というのがある。
でも、手術が終わる時間が遅くなったりするとそれが全員の患者さんに出来ないことも現状だ。

手術室の同期が病棟まで来てくれて、マイちゃんと話をする。
マイちゃんがずっと大切にしているぬいぐるみは、ご両親がマイちゃんのお誕生日にプレゼントしてくれたものだそうだ。
普段ワガママを言わないマイちゃんが、限定のヌイグルミを欲しがっていろんなところを探しまわったらしい。

マイちゃん、その子手術室にも一緒に行って良いって!
その言葉にマイちゃんは安心した顔と嬉しそうな顔を見せてくれた。

マイちゃんの手術当日。
マイちゃんはずっとヌイグルミを抱きしめている。

ユキが心配そうにマイちゃんを見ている。
でも、私たちはこんな時心配よりも応援する側だ。
「マイちゃん、帰ってくるの待ってるからね」
そう伝えたら、マイちゃんは泣き出した。

こわいよ

そう言って、涙をポロポロ流す

「うん、怖いね。マイちゃんいつも頑張り屋さんだから皆に心配かけないようにってしてるの知ってるよ。でもね。私たちは皆どんなマイちゃんでも大好きだよ。待ってるからね!」

手術室に行っている間も私たち違う仕事をする。
患者さんのシーツを交換したり、採血をしたり、検査のオリエンテーションをしたり。
でもマイちゃんが手術をしているというのはずっと頭の中にある。

手術室から病棟に連絡が来て、マイちゃんの手術が無事に終わったので病棟に退室できるという電話が入る。

手術室にユキと迎えに行ったとき、マイちゃんは薬が効いているのか少しウトウトしていた。
横にはお気に入りのヌイグルミが置いてある。

病室に帰ってきたとき、マイちゃんが
「あー!」
と驚いた声をだした。
マイちゃんおかえり!
おつかれさま、よくがんばりました!
そうやって皆で次々に話しかける。

休憩室で、ユキがマイちゃんが手術当日に泣くなんてプレパレーションの意味がなかったのかもしれないと落ち込んでいた。

それを聞いていた、頼りになる同期のひーちゃんが
「そんなわけないじゃん。思い通りにいく看護なんて殆どないよ。マイちゃん、不安だよってはじめて私たちに言ってくれたんだから。そっちのが私は嬉しかったよ」

マイちゃんが手術室から帰ってくるまでに、私たちはマイちゃんが好きなキャラクターのイラストを描いて病室の壁にたくさん貼り付けた。

最終的に頑張るのは患者さん自身だけど。
そのサポートができるのって。
看護師ならではだと思うんだ。


𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
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