見出し画像

あの時の私に必要だったもの

Hymyilla
見慣れない紙幣に見慣れない言葉が書いてあった。
私はその時、初めて一人で海外に行っていた。
行き先はフィンランドだった。
オーロラが観たい。
ただそれだけのためにフィンランドに行った。
なにそれって笑う人もいたけど、まあ行くのは私だし。
そうやってやり過ごした。

仕事が忙しすぎて休みが中々とれない。
殺伐とした中で、気持ちの余裕も失いがちだ。

ああ、そうだ。
夏休みを全部使って行くことにした。

最初から順調じゃないこの旅は、ちょっと私の心を試しているみたいだった。
飛行機はエンジン部分が故障して5時間遅れで出発。
世界一空気が綺麗な場所と呼ばれているラップランドには、
乗り換えをしなくてはいけないのに飛行機は1日に2本しか出ていない。

今日はどこに泊まったらいいんだろう。
空港の売店でお腹が空いたから水とパンを買った。
お釣りとして渡された紙幣の片隅に何か書いてある。
「Hymyilla」


土砂降りの中なんとか泊まる場所を見つけて、
次の日フィンランドのラップランドについたことを両親にメールしたら。
心配していたとすぐに返信が来た。

Wi-Fiのルーターさえ持って行かず、
その日どうするか精一杯だった私はうっかり両親にメールをするのを忘れていて、ちょっとだけ怒られた。
最後には、
オーロラみれるといいね
の文字が添えられていた。

フィンランドのエレベーターボタンは、
「閉じる」ボタンがない。
福祉大国と言われるこの国は、私が乗ったエレベーターのボタンは全て「開く」しかなかった。

無事にラップランドに着いた私は、散歩に出掛けた。
歩いていたら道端にトナカイが歩いていて、息がとまりそうになった。
宿泊先の人に
「トナカイは野生じゃなくて全部飼われているんだよ」
そう教えてもらいながら出された夕飯はトナカイのお肉で、かたくてお世辞にも美味しいとは言えなかった。

毎日夜中に外に出て、空を見上げた。
オーロラはみられなくて寒かった。

日本から持って行ったカップラーメンを、国籍もバラバラの人たちに囲まれながら食べた。
みんなで空を見上げていた。

あの寒い空の中食べたカップラーメンは、今まで食べたカップラーメンの中で一番美味しかった。
焚き火をする場所ではマシュマロを焼いたり、お肉を焼いたりして言葉も通じない人が私にご飯をつくってくれた。

それでもオーロラはみれなかった。

帰る前日の夜。
吐く息は白くてそれでも空を見上げていた。
緑の線がうつった。
あ。
そう思ったら、もう1つ緑のアーチが登場した。
空に虹以外のアーチがかかることを初めて知った。

帰りの空港で、水とパンを買った売店が目に止まった。

来た時と一緒で、また水とパンを買った。
Hymyillaと書かれた紙幣を店員さんに渡した。

オーロラがみれた夜中に「Hymyilla」の意味を調べてみた。

「笑顔」
という意味だった。

次にこの紙幣を受け取る人は誰だろうか。
何人の人が私に笑顔をくれただろうか。

あの紙幣には
私に一番足りなくて、一番必要だったものが書かれていたのかもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?