忘れられない手のひら
「私の爪も手も変よね?もう綺麗にはならないわよね」
女性の利用者さんからそんなことを言われた。
数年前、私は通所リハビリテーション(デイケア)で働いていた。
そこは生活機能向上のための訓練や、食事・入浴などの生活支援を受けるための施設だ。
具体的にどんなことをしているの?と言う方もいるだろう。
例えばリハビリスタッフによる歩行訓練や言葉の訓練。
介護士たちによる体操や入浴、お手洗いの介助。
看護師による健康チェックなど。
そんな場所にはいろんな利用者さんが集まる。
1人で歩ける人、車椅子の人、片足がない人。
話せる人、物理的には声が出せない人。
口から食事が食べられる人、胃ろうから食事をとる人。
爪や手のことを聞いてきた女性の利用者さんは、車椅子で過ごしている。
どうしても歳を重ねると、爪に水分が足りなくなって色が悪くなったり筋が入ったりする。
手にも皺ができる。
私はそんな人たちの手を見ると、これまでもずっと頑張ってきたんだな。
そんなことを思う。
「爪をヤスリでキレイに整えましょうか。何かこれから用事などあるんですか?」
もしかしたら爪や手をキレイにしたい理由があるのかなと思って聞いてみるけど、返事は返ってこない。
ああ、そうだ。
ここは病棟ではないから他の利用者さんがすぐ隣の席にいる。聞かれたくないかもしれない。
「まだ腰に湿布貼っていなかったので、あちらにご案内しますね」
そうやって私と利用者さんの2人になった時、あのね。と教えてくれた。
デイケアに来てくださる日は、一緒に準備していきましょう!
そういうと、ありがとうと私の手を握ってくれた。
しばらくの間、デイケアに来所するごとに爪や手の状態の確認をした。
他の利用者さんたちも、持っているハンドクリームを持ってきてもらって、一緒に塗ったり私が塗るのを手伝ったりした。
さあ。
そろそろ大事な準備の総仕上げ。
何ヶ月も前から準備した私にも気合いが入る。
この間、利用者さんが嬉しそうに私の名前を呼びながら、車椅子をこいでやってきた。
「お父さん(ご主人)と久々に面会できたのよ。コロナでずっとダメだったでしょ。30分だけ会えたの。ずっと手を握って話をしたわ。あなた達のこと沢山話したのよ。可愛くしてもらえてよかったなって。ありがとうね!!」
湿布の袋を開けて、ツンとした匂いの中で利用者さんが言った。
お父さんにまた会えるかもしれないから。
入院していて、1年以上会ってなくて。もし会えてもこんなおばあちゃんの手じゃがっかりされちゃうんじゃないかなって。
皆の前で言うと、また心配されちゃうから。
ご主人に会う数日前に、介護士さんが爪にとびっきりのおしゃれをほどこしてくれた。
ありがとうねと言ってにぎってくれた彼女の手は、やっぱりまぶしくてあったかかった。
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
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