ダイナミックプライシングはどのように社会に浸透していくのか
こんにちは、メトロエンジン COO兼チーフデータサイエンティストの小阪です。
我々はダイナミックプライシングサービスを提供しています。そのため、様々な業界の方からダイナミックプライシングを導入したいという声があり、導入可否やそのメリットについて議論してきました。
ここ最近、特にダイナミックプライシングが大きな注目を集めているため、今後、ダイナミックプライシングがどのように社会に浸透していくのかについて、私なりの考えをここに記しておきます。
1. ダイナミックプライシングの現在地
未来について語る前に、まずはダイナミックプライシングの現在地を確認しておきましょう。
本当にダイナミックプライシングの注目度は高まっているのでしょうか?Googleトレンドで見てみます。
これは直近5年間の推移ですが、ご覧のとおり、実際に世間の注目度は右肩上がりです。
特に、2019年1月にUSJが価格変動制の導入を発表して以来、その注目度は大きく高まっています。その他、ビックカメラがダイナミックプライシングを導入するというニュースも、その勢いに拍車をかけました。
実際に、どのようなモノやサービスがダイナミックプライシング化しているのでしょうか?
旧来より、ダイナミックプライシングはありました。しかし、採用していた業界は、航空業界とホテル業界くらいです。飛行機チケットやホテルを予約するときに、シーズンによって、曜日によって、また、いつ予約するかによって価格が違うことはいまや一般的で、当然のように消費者に受け入れられています。
それが、大きく変わり始めたのは今年(2019年)に入ってから。先程のUSJを皮切りに、スポーツイベント、家電量販店、コンサートなどでダイナミックプライシングの導入が発表され、実際に価格が変動するようになっています。
なぜ、ここまで急速にダイナミックプライシングの導入が拡がっているのでしょうか?
その勢いを支えているのは、3つの要因、AI、オンラインマーケットプレイス、APIエコノミー、です。
a. AI
もう耳にタコができていると思いますが、AIはここでも重要な要素です。
ダイナミックプライシングは膨大な情報をもとに、短時間かつ高頻度で価格を算出する必要があるため、AIなしでは成立しません。
近年のAIの発達により、計算をすることが現実的にできるようになりました。
b. オンラインマーケットプレイス
あらゆるモノやサービスがオンラインで販売されるようになったこともダイナミックプライシングを押し進めている一因です。
まず、オンラインで販売されることにより、価格表示がデジタル化されます。そのため、物理的に値札を取り替える必要がなく、高頻度で価格を変動させるコストが実質ゼロになります。
また、コンシューマー側の変化も重要です。
オンラインマーケットプレイスでは、簡単に価格の横比較ができます。横比較のためのサイトがあったりもします。そのため、消費者は、以前よりも価格に対して敏感になっています。
これは、ダイナミックプライシングをできるようになった理由ではなく、せざるを得なくなっている理由と言えるでしょう。需給バランスや競合価格を意識したプライシングをしなければ、価格に敏感な消費者から選ばれることが難しくなっているということです。
c. APIエコノミー
ダイナミックプライシングの文脈で語られることは少ないですが、実は、APIなしでダイナミックプライシングは実現しません。
上記の通り、ダイナミックプライシングは膨大なデータを参照します。そしてそのデータは、通常、オンラインマーケットプレイスのDBとは別のDBに保管されています。
競合価格や予約情報、在庫情報などをもとに算出された価格をオンラインマーケットプレイスに反映される必要がありますが、これは外部DBとのデータ送受信となるため、これをAPIによって実施します。
APIなしでダイナミックプライシングを導入しようとすると、日々変動する価格を、手動でオンラインマーケットプレイスに反映させる作業が必要になり、この人手不足の時代に極めて非現実的です。
API自体が新しい技術というわけではありませんが、APIを使ってデータをやり取りすることが一般的になってきたことは、ダイナミックプライシングを加速している要因の一つです。
2. ダイナミックプライシングとは?
で、ダイナミックプライシングの未来はどうなんの?という話なんですが、その前に確認しておかなければいけないことがあります。
ダイナミックプライシングとは何でしょうか?
価格が動的に変動することでしょ、というのはそうなんですが、もう少し、解像度を上げてダイナミックプライシングを理解しておかないと、未来について考えることはできません。
ダイナミックプライシングといっても、その種類はいくつかあり、性質が異なります。
ここでは4象限に分けています。
上に行けば行くほど、より激しい変動、下のほうがやや固定的なプライシング。
また、「Who」誰が購入するかによって価格が異なるもの、「When」いつ購入するかによって価格が異なるもの、の左右2種類で分けています。
a. パーソナルプライシング
誰が購入するかによって価格が異なるものの最たるプライシングは、パーソナルプライシングです。
これは、個々人の購入履歴や流入経路などをもとに、(企業にとって)最適な価格を算出して出し分けるもので、一部のオンライン講座サービスや、オンライン予約サイトで実施されています。
これはダイナミックプライシングの中でも特に賛否両論が巻き起こりやすいものですが、理論上は、個々人でWillingness to Pay(支払い意欲)が異なるため、個人別に価格を変えることで収益の最大化を図ることができます。
b. 属性別プライシング
パーソナルプライシングをやや固定的にしたものが属性別プライシングです。
映画館などで実施されている「レディースデー」、「シルバー割引」、「学生割引」などがこれにあたります。
個人的には、属性別プライシングのほうがパーソナルプライシングよりもよっぽど炎上してもおかしくない案件だとは感じますが、ただ社会的にすでに馴染んでいるため、特に話題になることはありません。
パーソナルプライシングは、この属性別プライシングをより精緻なものにした形式だと考えられます。
c. 完全市況価格
「When」の最たるものは、株価やオイルなどの完全市況価格です。
価格が動的に変動するという意味では完全にダイナミックプライシングですが、実際には、これがダイナミックプライシングと呼ばれることはありません。
d. 稼働率駆動型
稼働率駆動型は、最も古典的なダイナミックプライシングです。
飛行機やホテルがその代表ですが、どのくらい稼働が埋まっているか、または埋まりそうかという予測に基づいて価格が決定されます。
お盆やGWはあらかじめ需要が高いことが分かっており、高い稼働率が予想されるため、高い値段で販売が開始されます。その後も、実際の稼働率を観測しながら、最終的に収益を最大化するために価格が変動し続けます。
一方、あまり需要のない平日は低い稼働率で推移します。飛行機やホテルは固定費に比べて変動費が小さいコスト構造のため、安くても稼働を埋めたいというモチベーションがあります。そのため、稼働率が思うように上がらない場合は、価格を下げて稼働を高めようとする。
これが稼働率駆動型の基本的な考え方です。
e. 競合価格追随型
家電量販店がダイナミックプライシングの導入を発表しましたが、これは別のプライシングスタイルとして認識すべきです。
なぜなら、まず家電には稼働という概念がありません。在庫が減ってきたら、新たに調達すればいいのです。これが飛行機やホテルとは根本的に違う点です。
ではなぜ価格を変動させる必要があるかというと、家電もオンラインマーケットプレイスが発達してきており、消費者がどんどん価格に敏感になっているからです。そのため、家電量販店で実物は見ても、ネットで安く購入する、という人が出てきます。ネットの価格をもとに家電量販店に交渉をしかける人はまだいい方で、交渉すらせずにネットで購入されてしまうと、家電量販店としては、気づかないうちに機会ロスしてしまうことになります。
これを防ぐため、主にネット上の競合価格を常に監視しながら、ネットで購入されることを防ぐため、価格をリアルタイムに変動させ続けます。
稼働率駆動型とは別の、競合価格追随型と名付けています。
f. グラデーション値下げ
グラデーション値下げも別のプライシングとして分けて考えましょう。
これは実際、アパレルやスーパーのお惣菜などで使われている手法です。アパレルの場合、夏物は秋が近づくにつれて値下げされますし、お惣菜は、スーパーの閉店に向けて20%OFF、30%OFF、半額、と値下げシールを貼ることで購入を促進しています。
グラデーション値下げを採用する商材は、売り切り期限のあるものです。
スーパーのお惣菜には賞味期限がありますし、アパレルは腐るわけではありませんが、売り切りたい期限があります。多くの食品がこのグラデーション値下げにフィットし、また、シーズン物もグラデーション値下げすべき商材です。
基本的には、値上がることはなく、徐々に価値が下がっていくにつれて、一方的に値下げがなされていきます。
g. 時間帯別料金設定
もう一つ、古典的なプライシングではありますが、時間帯別料金設定も、ダイナミックプライシングの未来を予想する上で捉えておくべきプライシングです。
たとえば駐車場は、利用する曜日や時間帯に応じて価格が異なります。休日や平日の夕方など、需要が基本的に高いときに高めの値段設定としています。
これらのプライシングの中で、現在、ダイナミックプライシングと呼ばれているのは、パーソナルプライシング、稼働率駆動型、競合価格追随型、グラデーション値下げの4つです
これらが一緒くたにダイナミックプライシングと呼ばれてしまうため、議論がやや混乱してしまうときが見受けられます。
ダイナミックプライシングというワードを見たときは、これらのうちのどのプライシングに当てはまるのか、少し解像度を上げて考えると、見渡しが良くなります。
3. ダイナミックプライシングの未来
お待たせいたしました。ようやく、ダイナミックプライシングの未来について。
先程の枠組みの中で、近い将来に起こる変化は次の3つです。ご覧の通り、主戦場は「When」のほうです。
a. 稼働率駆動型における自動化
現在、稼働率駆動型がすべて自動で行われているわけではありません。むしろ多くの場合、手作業で価格が変動させられています。
飛行機やホテルではAIを用いて自動で価格が算出される動きがすでに強まっていますが、レンタカーや高速バスでも手作業で価格が設定されていることへの課題感は強く、自動化への要望は強いです。
勘や経験に基づく値付けでは、考慮できる情報に限界がありますし、個々人のスキルによって精度がバラついてしまいます。また、値付けという重要な業務にはかなりの時間が使われており、その効率化という観点からも自動化が望まれています。
b. グラデーション値下げのための値札デジタル化
グラデーション値下げの主力マーケットプレイスはオフラインです。そのため、家電量販店のように、まずは値札のデジタル化が進められていくでしょう。
一部では、値札のデジタル化と同時にAIによる値付けも導入されていくと思われますが、そもそも値札をデジタル化して見にくくならないか、などの検証や、導入に付随して業務フローの見直しなどが必要になるため、段階的にまずは電子棚札の導入から始めるところが多くなると予想されます。
c. 固定価格から時間帯別料金への変化
時間帯別料金は、現在ダイナミックプライシングと呼ばれることはありませんが、電力、物流費、電車、美容院、マッサージ、レストランなど、多くのサービスが、まずは時間帯別料金設定へと変わっていくでしょう。
なぜなら、時間帯別料金設定にすること自体は比較的ハードルが低いわりに、大きな効果が見込めるからです。
これらのサービスは需要変動の波がありますが、ある程度、その周期は一定です。例えば、休日が平日よりも混雑しやすく、昼間よりも夕方のほうが混雑しやすい、というような周期です。
この周期に応じて、ざっくりと曜日ごと・時間帯ごとに価格設定を変えることで、需要の高いときには売上を最大化し、また混雑の緩和を図ることもできます。
これら3つの変化は近い将来に起きるものですが、もう少し中長期的な未来を眺めてみると、大きなトレンドがあります。
それは、時間帯別料金から稼働率駆動型への変化です。
d. 時間帯別料金→稼働率駆動型
時間帯別料金設定をすべきサービスを見てみると、これらは、供給(キャパシティ)に制限があるという点で一致しています。
これは、稼働率駆動型を採用する上での条件です。
時間帯別料金設定をすることで、ある程度、需要に応じた値付けをすることは可能となりますが、実際には、祝日や、イベントに影響されて、需要変動の波はもっと不規則な動きをします。
この時間帯別料金設定をより精緻にしたものが、稼働率駆動型のプライシングです。ITインフラや条件が整い次第、この時間帯別料金→稼働率駆動型の流れに乗って、多くのサービスがよりダイナミックなプライシングへと変容していくでしょう。
この流れが始まると、世間的にも、いよいよ、「いろんなものがダイナミックプライシング化してきているなぁ」と実感するようになります。その先、価格が変動することが当たり前の世界となれば、ダイナミックプライシングという言葉がとりわけニュースで取り上げられることはなくなり、粛々と根付いていきます。そうなれば、ダイナミックプライシングの社会実装が成功した証拠です。
このように、ダイナミックプライシングは現在進行系で社会に浸透していっており、より多くのモノやサービスが価格変動性を取り入れていく時代となります。
この大きな流れを牽引していくべく、メトロエンジンでは、エンジニアを始め、ほとんどの職種で人材を募集していますので、ご興味ある方は是非ご連絡ください!
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