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【日本語版】DMOのベストプラクティス - 京都市観光協会が示した観光の持続可能性と回復力

※本記事は、上記の英文記事を抜粋し、日本語に翻訳しなおしたものです。

1. はじめに

この記事は、世界の観光地の事例から、持続可能性と回復力のベストプラクティスを紹介する目的で、日本の京都府京都市のKyoto City Tourism Association (DMO Kyoto)の取り組みを紹介する。

京都市は、世界中の著名な観光地同様、COVID-19パンデミックの影響を大きく受けた都市の1つである。しかし、DMO Kyotoは、パンデミック期間の旅行客がほぼいない時期にICTを活用し、感染対策による安全性の担保、需要予測データの可視化、オーバーツーリズム対策に取り組んだ。これらの取り組みが奏功し、再び観光客を呼び戻す回復力を見せている。

1-1. 観光業にとっての持続可能性

Photo by Satoshi Hirayama from Pexels

持続可能性には3つの側面がある。観光産業が利用する地域資源、つまり環境の持続可能性、経済的な持続可能性、そして社会文化の持続可能性だ(United Nations, n.d.)

パンデミック以前には、世界を旅する人々の数は増加の一途をたどっており、観光が環境や社会に与える影響についての懸念が高まり続けていた(Southgate & Sharpley, 2020)。国際的に人気がある観光地に観光客が集中し、交通渋滞、騒音やゴミなどの環境問題、物価や家賃の上昇といった問題をもたらし、地域の環境と地域住民の暮らしに圧力を与えてきた。このような問題のある状況は「オーバーツーリズム」と呼ばれる。オーバーツーリズムが発生しているデスティネーションでは、観光客の旅行中の体験の品質も低下してしまう(Morrison, 2018)。

そのため、オーバーツーリズムは中長期的なデスティネーションの魅力と競争力の低下を引き起こし、産業の持続可能性を阻害する。同時に、水道やごみ処理などの地域インフラに負荷を与え、地域の環境資源にダメージを与える。さらに、観光地化によって物価と家賃の上昇が進んだ地域では、住民が慣れ親しんだ土地から転居せざるを得なくなり、社会文化の持続可能性が失われる。オーバーツーリズムは、観光地の持続可能性を実現するうえで解決するべき最大の問題の一つである。

1-2. 観光業の回復力

Photo by Anna Shvets from Pexels

観光業は、多くの環境的、政治的、社会経済的リスクに対して非常に脆弱な産業である。しかし、これまで観光業は様々な危機(テロ、地震、エボラ出血熱、SARS、ジカ熱など)から立ち直ってきた。COVID-19パンデミックは、世界の旅行、観光、レジャーを停止させたが、観光業は再びその回復力を発揮するとみられている(Novelli et al., 2018 as cited in Sigala, 2020)。

観光活動が停止したことを逆手に取ってみると、パンデミックの期間は、これまで発生していた問題に取り組み、改善する好機であるともいえる。パンデミックの危機が終焉した後に、単に以前の状態に戻らないように対応することが必要である(Gössling et al., 2020)。

2. 持続可能性および/または回復力のベストプラクティス

Photo by Satoshi Hirayama from Pexels

2-1. パンデミック以前の京都における観光産業

京都市は、日本でもっとも歴史のある都市のひとつであり、世界で最も人気のある観光地の1つでもあります。COVID-19パンデミックにより、京都の観光産業は大きなダメージを受けた。2021年1月時点で、京都の外国人宿泊客数は10ヶ月連続でほぼゼロに近い状態で推移している。また、オーバーツーリズムの問題により、京都市における観光に対する市民感情は2016年から2019年まで徐々に悪化傾向にある。また、国内旅行者のリピーターの訪問頻度も減少傾向にあり、その理由として「外国人観光客が多く、ゆっくり観光できないイメージがある」と言う意見が最も多かった(Kyoto City, 2021)。

京都市は、ポストパンデミックの観光客再来に備え、観光業が停止している期間に、これらの問題の解決を図る必要があった。

2-2. ユーザーフィードバックによる感染症対策


Service Image (Kyoto City Tourism Association, 2020.)

DMO京都は、2次元コードを活用し、観光事業者や飲食店、商業施設、タクシーなどにおける感染対策をチェックする仕組みを構築した。COVID-19の感染対策について、京都では23の業種に統一のガイドラインを策定し、このガイドラインを守っている事業所にステッカーを配布した。このステッカーは一万件以上の事業所に掲示をされた。

問題は、このステッカーを掲示している事業所が、本当に旅行者が安心して利用できる施設なのかどうかをチェックする体制の構築であった。日本の首都である東京都では、数百人の体制で飲食店舗を視察し、実際にステッカーを貼っている店舗をチェックした。しかし、京都ではチェックのための人員の確保が難しかった。そのため、ICTを活用し、利用者からのフィードバックを収集する仕組みを構築した(Japan Tourism Agency, 2021)。

店舗を利用した客がQRコードを読み込み、店舗の感染対策状況をアンケートに回答する。このアンケート結果は、店舗とDMO Kyotoにフィードバックされる。アンケートに回答した客には、抽選で商品(アマゾンギフトカード)が送付されると言う仕組みだ。DMO Kyotoは、もし感染対策が不十分な店舗がないかチェックすることができ、これによってステッカーを掲示している観光事業者の信頼性も担保される(Kyoto City Tourism Association, 2020)。

2-3. 需要予測データの可視化

Kyoto Tourism Intention Index

DMO京都は、京都を訪れたいと考えている人々の潜在需要を可視化し、来訪者の需要予測を行うための指標「京都観光意向指数」を開発した。このような指標は、この指標はDMO京都自身のマーケティング活動に用いられるだけではなく、観光企業の運営をサポートする(Kyoto City Tourism Association, 2021)。
中小規模の観光企業は、経営資源が限られており、自社だけでは需要予測を行うことが難しい。需要予測データがあれば、これらの企業は需給に応じて仕入れや人員配置をおこなうことができ、自社の経営資源を、収益獲得のためのアクティビティに集中投下することが可能になる。

京都観光意向指数は、国内旅行者の京都観光の訪問意向を反映していると考えられる5つの分野に関する指数を、過去の調査などを踏まえて重み付けをおこない、合成することで得られる指数である。各指数の基準値は、COVID-19や災害の影響が少なかった2019年の平均値である。この指数が100を超えると2019年当時よりも訪問意向が高まっていることを表す(Kyoto City Tourism Association, 2021)。グラフにおいては、赤い折れ線が「京都観光意向指数」、縦棒が日本人宿泊者数の指数を示している。

例えば、2020年の10月には、紅葉を観光したいと言う人々が訪問意向を示していることが読み取れる。また、2021年の1月以降は、日本政府が発表した緊急事態宣言の影響により、人々の京都旅行に対するモチベーションが低下していると言うことがわかる。日本では、2020年の4月と5月、2021年の1月から9月末までの期間に緊急事態宣言が複数回にわたり発令され、国民の経済活動が制限された(Keyword Marketing, Inc., 2021)。飲食店や大型商業施設の営業時間の制限や休業要請のほか、大規模イベントの観客数上限が設定され、外出も自粛するように要請された。日本国民は、多くがこの宣言を守った生活を行い、京都府外からの国内観光客は緊急事態宣言期間中に落ち込んだ。

この事実を反映し、京都観光移行指数は緊急事態宣言発令期間において、2019年の平均である100を大きく変わっていることがわかる。京都観光意向指数と、日本人宿泊者数の指数を比較してみると、一定の乖離がある。2020年には、京都観光意向指数が日本人宿泊者数の指数を上回っており、京都旅行に行きたくても行けない人々が存在していたことがわかる(Japan Tourism Agency, 2021)。

DMO Kyotoは、他にも宿泊予約サイトの顧客データを収集し、3ヶ月先に宿泊しようとした場合の宿泊施設の価格販売の推移を可視化した。これにより、パンデミックによる落ち込み以降、価格が再び上昇傾向にあることが認識され、さらには3ヶ月後の需要も見通しやすくなった。このようなデータをDMOから地域の宿泊企業へ提供することで、経営の効率化が図られている。

2-4. オーバーツーリズムへの対策


Kyoto sightseeing comfort level map (Kyoto City Tourism Association, n.d.-a)

オーバーツーリズム対策として、DMO京都は、人気のある観光地の混雑度予測を表示するウェブサイトを作成した。京都旅行を計画する人々は、このウェブサイトで旅行予定日における目的地の混雑度を確認することができる。混雑を避けたい人は、日程をずらしたり、時間をずらしたりあるいは訪問先を変更するといった検討することができるようになった。

さらにDMO Kyotoも、混雑していない観光地をレコメンドしたり、オープンエアで感染症の感染危険性の低いアウトドアアクティビティーを奨励するために、京都1周トレイルや自転車観光ガイドのウェブサイトを刷新し、情報発信に努めた。これらのウェブサイトのページビューは2019年に比べ大きく伸びた。

さらに、京都で最も人気がある観光アクティビティーである寺社仏閣の拝観については、事前予約制度を導入した。これによって、これまで混雑していた時間帯の入場者数を制限するとともに、空いている時間帯にゲストを誘導することが可能になり、ビジターの分散を実現することができた。この事前予約システムを利用したゲストの情報は、顧客管理データベースに蓄積し、将来的には宿泊予約情報等と紐付け、効果的な顧客プロモーションにつなげられることが計画されている(Japan Tourism Agency, 2021)。

このようなDMO Kyotoの取り組みは、オーバーツーリズム対策に貢献するだけではなく、COVID-19のような感染症の拡散防止にも寄与した。

Photo by jun.skywalker from flicker

3. これがベストプラクティスである理由

これらのdmo kyotoの取り組みは、ICTを活用することで、人的資源不足と、オーバーツーリズムの問題に働きかけ解消できることを示した素晴らしい事例である。実際に、これらの取り組みは日本における全国のディスティネーションマネジメントオーガナイゼーションのシンポジウムでベストプラクティスとして取り上げられ紹介されている。

世界中のDMOの多くは、ヒト、モノ、カネといった経営資源不足に悩んでいる。ICTの活用は、経営資源を節減しながら、ディスティネーションの競争力を高めることに貢献する。

しかし、また、観光業ではまだICTが十分活用されていない。特に中小企業では、資金と人材の不足により、大企業に比較するとICTのインフラが不十分であることが多い。

日本では、大企業の4割以上が顧客データを活用しているのに対し、中小企業では3割未満にとどまっている。また、中小企業では、データの閲覧や集計はできていても、統計的な分析を実施できているのは30.1%、予測を実施できているのは3.9%であると言う調査結果もある(令和2年版情報通信白書)。

(Ministry of Internal Affairs and Communications, Japan, n.d.)

ICTは、観光組織や目的地の競争力を伸長させることに有効です(WTO、2001年, as cited in Buhalis, 2011)。DMOは、ICTを利用して観光政策を推進し、運営と調整を行う必要がある。このような取り組みは、観光客の消費額を増加し、地域経済を活性化させることに有効である(Buhalis and Spada、2000 as cited in Buhalis, 2011)。

DMOは、消費者の購買行動に関するデータを収集する必要があるが、これらのデータを真に理解し、意味のある分析として出力する方法には課題が残っている。消費者データをマーケティングデータベースに保持するための機能を実装しているのは、DMOのうち5割から7割にとどまっているのが現状である(Wang, 2011)。

DMO Kyotoの取り組みは、ICTの活用という点で、世界の市レベルのDMOの中でも先進的なものである。

参考文献

Buhalis, D., Leung, D. & Law, R. (2011). eTourism: Critical Information and Communication Technologies for Tourism Destinations. In Wang, Y., & Pizam, A (Eds.). Destination Marketing and Management (pp 205-224). CABI.

Gössling, S., Scott, D., & Hall, C. M. (2020). Pandemics, tourism and global change: a rapid assessment of COVID-19. Journal of Sustainable Tourism, 29(1), 1–20. https://doi.org/10.1080/09669582.2020.1758708

Japan Tourism Agency. (2021, March 31). 3.全国観光地域づくり法人(DMO)シンポジウム「コロナ禍におけるベストプラクティス1~オンラインを活用した安心安全な旅の提供に関する取組~」[3. DMO Symposium Japan “Best Practice in COVID-19 Pandemic - Efforts to Provide Safe and Secure Travel Using ICT”]. YouTube. https://www.youtube.com/watch?v=ZlUtEIPKOSI

Keyword Marketing, Inc. (2021, November 12). 緊急事態宣言はいつからいつまで?過去の緊急事態宣言・まん延防止等重点措置の発令期間と対象地域まとめ[When was the state of emergency declared and for how long? A summary of the period and areas covered by past emergency declarations and priority measures to prevent the spread of infectious diseases]|. https://www.kwm.co.jp/blog/state-of-emergency/

Kyoto City. (2021, May 25). 京都市:「京都観光振興計画2025」について [Kyoto City: Kyoto Tourism Promotion Plan 2025]. Kyoto City Official Website. https://www.city.kyoto.lg.jp/sankan/page/0000283682.html

Kyoto City Tourism Association. (n.d.-a). 3密回避に役立つ京都観光快適度マップ[Kyoto sightseeing comfort level map]. 【京都市公式】京都観光Navi [Kyoto City Official - Kyoto Sightseeing Navi]. Retrieved December 4, 2021, from https://ja.kyoto.travel/comfort/

Kyoto City Tourism Association. (n.d.-b). データ分析・ダウンロード用ダッシュボード[Dashboard for data analysis and download]. Retrieved November 27, 2021, from https://www.kyokanko.or.jp/dashboard

Kyoto City Tourism Association. (2020, September 4). きょうの安心・明日の笑顔~新型コロナウイルス感染症対策・応援プロジェクト~を開始[ Launch of "Today’s Peace of Mind, Tomorrow’s Smile - Countermeasures and Support Project for COVID-19 Infections”]. https://www.kyokanko.or.jp/news/20200904/

Kyoto City Tourism Association. (2021b, January 20). 京都観光意向指数(通称:行こう指数)の開発について[Development of the Kyoto Tourism Intention Index (a.k.a. “Let’s Go to Kyoto Index”)]. https://www.kyokanko.or.jp/report/20210120/

Ministry of Internal Affairs and Communications, Japan. (n.d.). 2020 White Paper on Information and Communications in Japan. Retrieved November 28, 2021, from https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/eng/WP2020/chapter-3.pdf#page=1

Morrison, A. M. (2018). Marketing and Managing Tourism Destinations (2nd ed.). Routledge.

Sigala, M. (2020). Tourism and COVID-19: Impacts and implications for advancing and resetting industry and research. Journal of Business Research, 117, 312–321. https://doi.org/10.1016/j.jbusres.2020.06.015

Southgate, C. & Sharpley, R. (2015). Tourism, Development and the Environment. Sharpley, R., & Telfer, D. J. (Eds.). Tourism and Development. Channel View Publications.

United Nations. (n.d.). Social Development for Sustainable Development | DISD. https://www.un.org/development/desa/dspd/2030agenda-sdgs.html

Wang, Y. (2011). Destination Marketing Systems: Critical Factors for Functional Design and Management. In Wang, Y., & Pizam, A (Eds.). Destination Marketing and Management (pp 184-204). CABI.

World Economic Forum. (2019). Country Profiles. Travel and Tourism Competitiveness Report 2019. Retrieved October 14, 2021, from http://reports.weforum.org/travel-and-tourism-competitiveness-report-20

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