見出し画像

2015.12.01訪問「アスタルテ書房」(京都市中京区)

閉店したと思っていたアスタルテ書房が、今も営業しているかもしれないと考えたのは、アスタルテ書房のtwitterを見たからだ。プロフィールに「店主他界により、1、2年で閉店予定です」とある。新聞記事の文面や、閉店セール直後の人の多さから、1カ月、2カ月ほどで閉店されるのだと私は思い込んでいたのだ。

三月記(仮題)三月書房のブログのようなもの
「アスタルテ書房」の閉店セール2015.06.23ポスト

http://3gatsu.seesaa.net/article/421180168.html

アスタルテ書房●Twitter
https://twitter.com/fwatxeqjyh4uu8s

Twitterの最後のポストは10月24日。以降の投稿はない。本当に営業しているだろうか、半信半疑で店に向かった。
扉を開けると、以前とあまり変わらない様子。店番をしておいでの亡き店主さんの奥様から、店番をやりたいという方の申し出もあり、ずっと営業できそうだとお話を聞けた。

アスタルテ書房がどんな古書店か、どんな風に愛されてきたのかは、WEB上にたくさんの声が残っており、個性ある古書店として繰返しメディアでも紹介されてきたので、ここでは私的な思い出を書いてみたい。

朝日新聞京都版記事2015.06.23「京都)アスタルテ書房の思い出、亡き店主の長男語るhttp://www.asahi.com/articles/ASH6Q3F9DH6QPLZB001.html

アスタルテ書房を初めて訪問したのは、1984年の開店直後。あぁ、すでに30年以上の月日がたっているのだな。三条河原町の今、明治屋がある場所だと思う。できたばかりの複合ビルの、確か2階の奥にアスタルテ書房はあった。開店には澁澤龍彦さんもお祝いにこられたとのことで、店内に書が飾ってあったのを記憶している。晩年の、お病気がわかる前の頃ではないだろうか。

ところが、時期は定かではないが、ほどなくビルごとなくなってしまった。残念に思っていたところ、移転されたと知った。移転先が現在の店舗だ。ほんとうに、ここが本屋だろうか。知らなければ辿りつけないし、知っていても扉を開けるまで信じられない。そんな場所だ。

生田耕作さんによる「奢灞都館」の本を実際に手にとって見たのもアスタルテ書房だった。金子國義さんの版画集《換喩》METONYMIE(1992年 アスタルテ書房 エディッション60)に一目惚れしたものの、当時の私には手の届く価格でなく、おとなになったら買うときがあるのだろうか、しかし、エディションが限られているので、その時まだ売っているのだろうか、と思いつつ、店に足を運ぶたび、まだ、売ってる、まだある、と、思ったものだ。

近くに行く機会には時間が許せば訪問し、何十年。行けばずっとそこにあるものだと思っていたのだが、昨年、Twitterで店主の佐々木さんのお病気を知って、永遠にあるわけではないという当たり前のことに気付く。他のファン同様、ご快癒を祈っていた。訃報を知ったのもTwitterだった。残念で寂しかった。店に足を運んだのは年に数えるほど、時には訪問しない年もあり、行っても、ほんの何冊か本を買うだけの客で、店主さんと深い親交があったわけでもない。それでも、訃報に寂しさを、閉店に残念さを感じるのは、10代の頃から訪問し佐々木店主が愛するものに触れてきたからだったろう。

閉店セールを知った時には、もう一度、あの扉が開くのだ、しかしこれが多分、最期の機会なんだろうな、と思い訪れた。もう充分におとなだからと、金子國義さんの版画を買った。人の多さに驚いたが、SNSの投稿を見ると全国各地から来ておられたようだ。

訃報から半年。今もアスタルテ書房の扉は開いている。

Librarie Astarte●アスタルテ書房
14:30〜20:00(定休日:木)
〒604-8086 京都府京都市中京区御幸町通三条上る丸屋町332

取材・文:水崎真智子(会員no.309)撮影:凛福子(会員no.151)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?