3分の1の幸運? 〜 クォークの閉じ込め

陽子や中性子は3個のクォークでできている。クォークは陽子・中性子のなかに閉じ込められていて、単独で出てくることはない。よく聞く話だが、疑問に思ったことはないだろうか。宇宙が始まってすべての素粒子がばらばらに飛び回っていたのが、あるとき突然閉じ込めが起こる。その瞬間に仲間を見つけられず3人組を作れなかったさびしいクォークはいないのだろうか? 孤独なクォークは今も仲間を探して宇宙を漂っているのか? そもそも宇宙にあるクォークの数は3で割り切れるのだろうか? 余りの1つか2つになってしまったクォークはどこに行ったのだろうか。

前回はクォークの周りにできる色電場が雪だるま式に自己増殖をくりかえして、遠方でどんどん強くなるという話をした。このままではまずい。我々のまわりは強い色電場だらけで収拾がつかないことになる。実際には中和が起こって、自己増殖はある程度の距離でおさまる。中和する相手は、色荷が「逆」になったものだ。クォークが「赤」という色荷をもっているとすると、反クォークには「反赤」というのがいて、それらは電荷のプラスとマイナスが引き合うのと同じように引力を受け、互いに近づく。こうして色電場が重なり合うと、ちょうど相殺して消えてしまう。「赤」と「反赤」が近くにいるのを遠くから眺めてみると、両者がつくる色電場はちょうど打ち消しあって遠くでは色電場はなくなる。こうして、無限の自己増殖は抑えられるわけだ。残るのはクォークと反クォークがくっついてできた状態。これをメソン、もしくは中間子と呼ぶ。

中和のやり方はこれだけではない。クォークがもつ3つの色をすべて均等に重ね合わせても相殺を起こすことができる。「赤」と「青」と「緑」だ。3つの色をクォークは互いに引き合って一つにまとまり、遠方の色電場は消える。この一つのまとまりのことをバリオン、もしくは重粒子と呼ぶ。これが陽子や中性子の正体だ。電磁場の電荷には種類が1つしかないので、こういうことは起こらない。これは3成分をもつクォークに特有の現象ということになる。

では、なぜクォークは他とまとまって色電場を打ち消さないといけないのか。それは、色電場はそれ自身がエネルギーをもつことによる。電場がエネルギーを持つということ自体は電磁場と同じだ。電気回路にはコンデンサというのがあるが、あれは電極の間に電場という形でエネルギーをためこむ装置だ。同様に色電場もそこに存在しているだけでエネルギーをもつ。自己増殖した色電場は、遠方まで広がれば広がるほど大きなエネルギーを要するわけだ。そのままでは、クォーク1つだけで星1個分、あるいはもっと大きい無限大のエネルギーを必要としてしまうので、現実にはこういうことは起こらない。こうしてクォークは閉じ込められることになる。その背後にあるのは、さもないと自己増殖する色電場だ。

では、クォークはどこまで引き離すことができるのだろうか。電荷の場合は、プラスとマイナスを遠くまで引き離すことができる。空と地上で電荷のバランスが崩れると、光と大きな音を立てて放電が起こる。雷のことだ。クォークではそういうことは起こらないのだろうか。これもエネルギー収支を考えれば理解することができる。ここに中間子があり、その中のクォークと反クォークを両側から引っ張って引きはがそうとしたとする。クォークと反クォークの間には打ち消せない色電場ができ、そこにエネルギーがたまっていく。遠くに引き離すと、その分だけ色電場がひも状に伸びて、必要なエネルギーも距離に比例して大きくなる。そのエネルギーがあまりに大きくなり、別のクォーク・反クォーク対を生成できるほどになると、そこにはクォークと反クォークが勝手に生まれ、中間子は2つの中間子に分かれてしまう。そのほうがエネルギーが小さいからだ。こういうことが起こる分岐点は、ちょうど陽子・中性子の大きさくらいの距離。何のことはない。空と地上ほど引き離すことはまったく無理で、原子核くらいの小さな世界での出来事ということだ。

宇宙でひとりぼっちになったクォークはどうなっただろうか。相棒をとなりの銀河まで探しに行く必要はない。一人でいるのに必要なエネルギーはあまりに大きいので、すぐ隣に相棒を対生成という形で反クォークを無理やり作り出し、そいつとくっつくことになる。残されたクォークはまた…。これを繰り返して、宇宙には単独クォークが残ることは決してない。では、なぜ宇宙全体のクォークの個数はきちんと3で割り切れるのだろうか。単なる偶然なのか。考えると眠れなくなりそうだ。

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