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小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.05

 1回1時間、週2回のペースでスタジオを1か月分まとめて予約した。
 スタジオ練習中のセイジくんとても恐ろしかった。学校から帰ると、眉間にシワを寄せて厳しい表情でギターをかき鳴らしているセイジくんの姿を思い浮かべながら、カセットテープを繰り返しかけ、それに合わせて毎日ベンベンと勉強もせずに練習をした。練習を続けていると左手の指先は少しずつ固くなり、右腕も少しずつダウンピッキングに慣れてきた。
「ダウンピッキングだけで弾くと音の粒がそろうけん、ビートが出るとよ!」
 そう言うセイジくんもリズムを刻む時は基本的にダウンストロークでギターを弾いている。
「エイトビートはロックの基本やけん! リズムの繰り返しがノリを作るんよ!」 
 同じようにセイジくんからエイトビートの重要性を再々説かれているゲンちゃんは、授業中もウォークマンを聴きながら教科書を叩いていた。
 スタジオ練習では、特にボクとゲンちゃんがセイジくんに注意された。
 演奏中には目を合わさないようにしてひたすらダウンピッキングで弾きつつも、セイジくんの一挙手一投足にはビクビクしていた。
 ゲンちゃんも汗だくになりながらも、上目づかいでセイジくんを見ながらひたすらエイトビートを刻んだ。

 スタジオ代は親からもらう1日350円の昼ごはん代を節約して充てていた。
 1回1人200円とは言え、スタジオがある竪町までの交通費はそれ以上にかかってしまうので、いつも電車賃が20円安くなる1駅前で乗り降りして、竪町まで1駅分を歩いていた。
 ボクらが通っていた高校の食堂で一番高かったのが「カツランチ」だ。薄っぺらな肉と厚い衣のトンカツが6切れの定食で、高いとは言え280円だった。「カツランチ」と同じトンカツが3切れ乗っていた「カツ丼」や「カツカレー」は240円、「日替わり定食」と「ちゃんぽん」も240円、「木の葉丼」と「ラーメン」が210円。
 これら200円以上のメニューはバンドを始めてからは1回も食べていない。
 だいたい110円の「うどん」か、食堂のおばちゃんは入れていると言っていたが肉が見当たらない「カレーライス」、もしくは「ライス」と「豚汁」の組み合わせ(共に180円)を食べて昼ごはん代を節約した。
 ゲンちゃんはもっと節約をしていて、「ライス」だけ買って、友だちが食べているラーメンやチャンポンのスープを飲ませてもらい、それをおかずにライスを食べていた。
 たまに売店でパンを買うこともあったけど、その時はドーナツ一択だった。油がキツく、値段のわりに腹持ちが良かったからだ。ジュースや牛乳なんて買う余裕はない。
 2回ペースでスタジオに入り、日々の練習をしていると、バイトをするヒマはないので、セイジくんやショウイチも同じような昼ごはん事情だった。
 スタジオ代以外にもお金はかかった。
 ベースの弦は一番安いヤマハの弦でも1セット3,000円もした。幸い切れることはなかったが、セルロイド製のピックはすぐに先が欠けた。優しく弾くと「ビートが出とらん!」と注意されるので力任せに弾くからだ。1か所なら持つ方向を変えれば使えるが、2か所欠けてしまうとしっかりホールドできなくなって使えなかった。
 セイジくんは、激しくカッティングするのでよく弦を切った。1弦から4弦は無理らしいが、切れたのが5弦や6弦だと、それを結んで張り直していた。切れた弦でも結べば弾けるなんて知らなかったので驚いた。
 ゲンちゃんは、スティックの先が折れると削って使った。まともなスティックは1本もなかったし、折れたスティックがスタジオに捨てられていると持って帰っていた。まだ自分のスネアドラムすら持っていなかった。

「みんなで金を出すけん、10月からベース教室で鍛えてもらえ!」
 9月下旬、練習が終わった後の反省会でショウイチから言われた。
 超簡単なパンク・ロックのベースとは言え、初心者のボクのこと(と言うか、バンドの行く末)を心配して、密かに3人で話し合いがあったらしい。
「金のことは心配せんでもイイけん。オレたちが援助しちゃる」
 ショウイチがこう言うと、セイジくんとゲンちゃんが黙ったまま頷いた。
 竪町のスタジオではライトミュージックスクールもやっていて、レッスンは週1回で月謝は4,000円だった。昼ごはん代もままならないメンバー3人が1,000円ずつ出してくれると言うので驚いた。残りの1,000円が自己負担になるのは厳しいけど、みんなの気持ちがうれしかった。
「何か月くらい通うん?」
「亜無亜危異のライヴまでかの? ほら! とりあえず10月分」
 ショウイチがしわくちゃな1,000円札を3枚くれたので、スタジオのカウンターへ行きスクールの申し込みをした。
 入会手続きをしてくれた鈴木さんがベース教室の先生だ。いつもはスタジオの受付業務もやっていたので、既に顔見知りだった。背が高くて松山千春に似ていると、スタジオにやって来る女の子に人気があるらしい。
「じゃあ、次の木曜日の7時からだからよろしくね!」
 鈴木先生は明るくさわやかに挨拶してくれた。

「一番厚いピックが割れてしまうくらい強く弾いているのに、ビートが出ないと毎回注意されるのは、このベースのせいではないだろうか? アンプにつなげても軽い音しかでないヴァイオリン・ベースはパンクロックに向いていないのでは?」
 自分のテクニックを棚に上げ、セイジくんから注意される原因を楽器のせいではないかと疑い始めていた
 借りていたヴァイオリン・ベースには四角いパネルがあって2つのヴォリュームと3つのスイッチがある。3つのスイッチのうち2つはピックアップのオンとオフ、残りの1つがSoloとRhythmの切り替えスイッチ。このスイッチをSoloにすると少しだけはっきりした音になるものの、決して重低音と言えるようなものではない。Rhythmに切り替えると高音がカットされてもっとこもった音になるし、音も小さくなる。弦が借りたときのままで古いせいもあるのだろうが音が軽くて、どんなにがんばってダウンピッキングで強く弾いてもロッカーズの穴井さんのような音にはならなかった。
 教室に通い出すのを機に、ヴァイオリン・ベースは見切りをつけて、トーカイのプレシジョン・ベース(プレベ)を同級生から借りることにした。その友だちもバンドに誘われてベースを買ったもののすぐに挫折してもう弾いていないので、返すのはいつでもイイと言ってくれている。
 プレベはショート・スケールのヴァイオリン・ベースと比べると弾きづらいし重たい。でも、セックス・ピストルズのシド・ヴィシャスやクラッシュのポール・シムノンもプレベだ。パンクロックはブレベなのだ。
 借りてきたプレベの4弦を弾くと生音でさえロックの重たいベース音のように聞こえた。

※亜無亜危異のライヴまであと75日


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